35話 空襲
フォーレンを囲む外壁が視界に入ってくる。
それはさながら、要塞とも言えそうな程に頑丈な印象。
少し先に目を向けるとロッケス山脈が薄っすらと屹立していた。
きっと今頃は、そこで激戦が繰り広げられているのだろう。
大丈夫だとは思うけど、こちらの用事を済ませたら僕もそっちに合流しようかな。
『それはいいんだけど、遺跡の改修工事はちゃんと確認した?』
『大丈夫。もうフォーレンの地下まで通路は開通してたからさ。後は僕がどこかに通用口を作るだけだよ』
『だったらいいのだけど。最後の仕上げをするのはわたしなんだから、しっかりお願いよ?』
『大丈夫。ちゃんと確認したから』
これも僕が人間界へ降りた頃からの構想に含まれている。
遺跡を拠点とした場合、次に狙うは機甲国家の予定だったから、地下からの道筋を作っておいたんだよ。
随分とほったらかしにしちゃったけど、ゴーレム工事隊はその役目をしっかりと全うしてくれたみたい。
メリエスの【魔素吸引】のお陰で、使い魔から離れても動かせると言うのは、他の魔王には無い僕の特権だからね。
それを存分に発揮させてもらうよ。
「なあネルテスタ君、本当にこの板は使い魔、スライムなのか? こんな移動手段があったら馬車や飛龍なんて必要ないな」
「いやいや、さすがにそこまでは……」
遺跡を出発し、キンギルはホバースライムに驚いていたんだけど、程なくして乗りこなしていた。
あまりにも短い時間での到着に改めて驚きを示している。
まあそりゃそうだけど、だからと言って馬車が不要にはならないよ。
ホバースライムが汎用化、一般化出来るはずもないしね。
いや、もしかしたら機甲技術があれば或いは可能かも知れない。
「そうか……もっと大きなスライムで、大きな板状にすれば、なんて思ったんだがな~」
僕がフォーレンに肩入れするのは、それも理由の一つだからね。
その可能性を広げる意味でも、フォーレンの人間、ドワーフやエルフなどの亜人とは出来る限り友好的な関係を築きたい。
そんな可能性の未来に心を馳せていたら、一瞬で現実に引き戻される光景が目に飛び込んで来た。
「お、おいネルテスタ君っ」
「ネルで結構ですよキンギルさん。どうやらジグリビアの連中に先を越されたみたいですね」
こちらからだと、ロッケス山脈側でなにやら大きな魔法が使われている形跡が見て取れる。
空に立ち昇る竜巻やら、逆に空から降り注ぐ火の雨。
敵か味方か、どちらの攻勢かまでは不明だけど、このタイミングでの荒事であれば、ジグリビア絡みなのは間違いないだろう。
「あれは国家防衛軍の魔法だ。このまま向こう側の門まで突っ走って、敵を迎え討ちたいのだが、ネル君の意見はどうだろうか?」
これは凄い。
機甲魔装であんなに大規模な魔法を操る事が出来るだなんて。
「僕はこのまま向かうつもりでしたが、キンギルさんは機甲魔装がないじゃないですか。ひとまず城内で待機されてはいかがですか?」
さすがに丸腰で戦禍の中へと連れて行く訳にはいかないからね。
「いや、その点に関しては問題ない」
キンギルはそう言うと、右手に嵌めた指環をこれ見よがしに僕へと向ける。
まさか。
「もしかしてその指環も機甲魔装なんですか?」
「黙っていてすまない、実はそうなんだよ。もし君が我が国に害を成す存在だったら刺し違えてでも止めようと思っていてね。君が来るまで大人しくしていたんだ」
「なるほど。で、どうでしたか?」
「正直、国王様ときちんとした形で約束をするまでは、この指環は隠しておこうと思っていた」
要はこちらが裏切らなければ、敵意を向けなかったって事だね。
疑われていたのだから本来は腹を立てていいんだろうけど、キンギルの言い分は正しいからね。
謝罪もしたし別にいいか。
「なら問題ないですね。僕の本心は変わりませんから」
「くくっ、さすがはオリビア派閥の魔王だな。いやまあ、でも君は今我が国の危機を見て真っ先に戦場へ駆けつけようとしてくれた。しかも、私を庇ってまでね」
キンギルはそう言うや否や、僕に先んじてホバースライムを走らせた。
「君を信じているよ。ネルテスタ君」
僕の横を通り過ぎるキンギルの顔には、勇ましさと少しの笑みが滲んでいた。
やっぱり悪い人じゃなさそうだね。
そうとなれば、このドワーフを無駄死にさせる訳にはいかない。
『ちょっと強引にいくけど、メリエスの意見を聞かせて欲しいな』
『強引も何も、新しいスライムを試したいだけなんじゃないの?』
『そう言われたら元も子もないんだけどさ』
図星だった。
オリビア邸から遺跡に戻って、もの思いに耽りながらも、メリエスの魔眼を用いて新種のスライムを魔改造してたんだよね。
今回もベースはスライムで、レイミーの空竜とクエイクドラゴンの情報を合成した使い魔。
「魔導書!」
期待の使い魔だから、久しぶりに召喚句を唱えようかな。
とは言え、別に魔力を消費して省略したって変わらないんだけどさ。
ただの気まぐれだね。ただの。
「血盟により契約せし我が化身 ここに顕現し飛び立て!」
キンギルの後を追いながら、そのスライムを十体召喚する。
【スカイランスライム】。
口先にドリルランスを搭載した、空を飛ぶスライム。
大型の鳥程度、竜の姿を模した真っ白い飛行スライムが、上空へと左右半々に解き放たれる。
同時に乗っていたホバースライムから飛び降りると、刹那の内に僕の背中へと真っ白い翼を出現させる。
もう一つの新作。
【ウィングスライム】が二体。
右翼と左翼。
ホバースライムと似た原理で、翼の下部より出るジェット噴射にて浮力をアシストし、大きな翼で風を切って上空高く羽ばたく事が出来る。
空から槍スライムの雨霰をお見舞いしてあげよう。
『嬉しそうね』
『そりゃそうだよ。早く試したくて仕方が無かったからさ』
図星を突かれた後に、本心を隠してもしょうがない。
どうせメリエスには、僕の喜怒哀楽なんて筒抜けだからね。
あっという間にキンギルを眼下に収めて、一気に抜き去る。
要はホバースライムより断然早い速度で空を翔けている訳だね。
『メリエスは他に不穏な気配がないか調べておいてくれる?』
『了解。機甲国家の中にも潜んでないか見ておくわね』
そうやり取りしていると、すぐに戦場にたどり着いた。
機甲国家の厳つい外壁からすぐの所で、二つの勢力が魔法の撃ち合いをしている最中。
その片一方に、全てのスカイランスライムを突撃させた。
「見たところ、敵の軍勢は百って感じかな。うん、これなら五分で片付くね」
そんな事を独り言ち、僕自身も両翼をはためかせ、敵陣のど真ん中へと突っ込んで行った。
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