33話 危急存亡
僕の右眼に黒い炎が灯った時には驚いていたけど、もう慣れたみたい。
キンギルは僕の話を聞いて、随分と悩んでいるようだ。
「正直、私たちは人質としての役目は果たさない。そう誓い、覚悟していたんだけどね」
「さっきも言った通り、どちらにしろフォーレンの牙城は風前の灯だと思いますよ。南からはジグリビア、北からは僕たちが狙ってますから」
どちらの領土となる方が彼らの利になるか。
いや、占領されて利を望むのもおかしな話だけどさ。
それでも、僕は機甲の技術を欲している。
だからこそこうしてキンギルとの交渉を行っているんだからね。
そして、それは既に彼も理解している事だろう。
僕の話を鵜呑みにしてくれたならば、きっと彼は悩むはず。
人質としての覚悟を再確認してくれたと言う事は、僕の提案に魅力を持った証拠。
「もし、君がフォーレンを統治したとしたら、さっき言った事は本当に実行してくれるのか?」
「それは国王と約束しないと意味を成しません。その上で、あなたには国王との謁見を取り持ってもらいたいのです。約束しますよ、僕はあの領地と機甲技術が欲しいんです。それに、オリビア派閥の魔王が身内に手厚いのはそちらにも話が及んでるんじゃないですか?」
今ここにいるフォーレンの精鋭部隊からは、敵意を感じない。
念のため、シザリーには警護を任せているんだけど、どうやら必要ないみたいだね。
キンギルを含め、後ろに控える男たちの顔を見るに、皆一様の理解を示しているのが分かる。
ジグリビアが亜人に対して、人間と公平な地位を約束する可能性は低い。
ここにいるフォーレン国民は全てが亜人だからね。
ドワーフ族、獣人族、エルフ族。
これまで、人間に虐げられてきた苦痛があったからこそフォーレンは国家にまで成り上がったんだ。
「これだけは誓いますけど。僕には亜人も人間も区別する意志、思想はありません。そこだけははっきりとしておきます」
どうやら、この一言がキンギル達捕虜の背中を押したみたいだ。
また虐げられる歴史の上に生きるか。
それとも、誇りを守ったまま生きていくか。
僕が彼らの誇りの一部である技術を、軽んじていない事が伝わった結果だろうね。
「分かった。国王様に謁見できるか、話しは通してみる。しかし、どうすればいいのだ? 私たちは捕虜なのに……」
「僕を一緒に連れて行ってください。一応、入国証はありますので」
「やっぱり君は偽りの魔王なんだな……まさかFランクに我が国が脅かされるなんてな」
「別に偽ってなんかいませんよ。ランクなんて所詮、魔族の偉い方たちが決めたレッテルですからね」
すると、タイミングよく地上の方から騒がしい声が聞こえて来た。
とは言え、そのほとんどがサリーの興奮した独り言のようにも聞こえるけど。
捕虜を収容する牢獄を出て、上へと繋がる廊下の方へ顔を出してみると、その先からは思いつめたレイミーの顔と、やっぱり興奮気味のサリーの姿が見えた。
「あっ! おーいネルぅ~! 大変っ、大変なのだぁ!」
僕を見るや否や、サリーは全力でこちらに駆けだして、なんだか分からない言葉を捲し立てている。
大変、というところまでは聞き取れたんだけど、いったい何があったって言うのだろうか。
「ちょっと落ち着きなよサリー。で、どうしたの?」
興奮したのと、急に走ったのとでサリーの息は切れ切れになっている。
そこで、ある程度思考がまとまっているであろうレイミーが、代わりに口を開く。
「ジュブス様の拠点、ロッケス山脈の洞窟と言うらしいのですが、どうやらジグリビアの勢いにオリビア派閥が押されているそうなんです。要所でグレン様とセレナさんが獅子奮迅の戦いをして、大局の均衡は一見保たれてるみたいなんですが……」
驚いた。
まさか、そこまでの兵力をあそこの拠点に割いているなんて。
ここで、呼吸の乱れが整い始めたサリーがようやく言葉を発せられるまでに回復する。
「駄目だネル! 急がないとフォーレンが落とされるのだ! セレナ曰く、ロッケス山脈の戦いはデコイ、陽動だ! そこから一気にフォーレンへと転移門で攻め込む腹積もりのようなのだ!」
どうやらメリエスの予想が的中したみたいだね。
『さすがはメリエス。もしかしてメリエスも予知出来たりして』
『お馬鹿。とっととフォーレンに行ってきなさいよ。まったく……』
なんて気楽にやり取りしたはいいけど、メリエスの言う通り、のんびりしてる暇はなさそうだね。
「上空から見たジグリビアの戦力はどんな感じなの?」
きっとサリーじゃ「いっぱい」とか答えそうだから、レイミーに視線を向けた。
「そ、それが……」
どうしたんだろう。
観察眼に優れている、と言う僕の評価通りであれば、レイミーはすらすらと返答してくれるはずなんだけど。
と言う期待を裏切って、質問に答えたのはサリーだった。
「噂に聞いていた魔神とやらが大暴れしているぞ。ジグリビアの本隊もかなりの数いるのだが、グレン殿もセレナも魔神に随分と手を焼いている。あれだな、セレナは防御は鉄壁だが、攻撃はあまり得意じゃないのかもしれないのだ。
とにかく、魔神が操る能力は厄介だと、絶対にオリビア卿を戦地に向かわせては駄目だと、ネルに伝えてくれと言うのがセレナとの別れ際の言葉だった」
一見、冷静に見えたレイミーだったけど、なるほど。
それだけ魔神は脅威に映ったってことだろうね。
だから考えがまとまらず、どうやって報告したものかと言いあぐねていた訳だ。
対してサリーは的確に状況を把握して、それを言葉に出来ている。
これは少し意外だね。
まあでも、元々サリーだって論理的なんだから、興奮が覚めればこんなものか。
今さらそこに気付いたって事は、僕ですら若干の動揺をしていたって事なのかもね。
すると、その話を鉄格子の向こう側で聞いていたキンギルが慌て始めた。
「まさかっ! なあネルテスタくんっ、今の話が本当なら早くフォーレンへ向かわないか? 少し心当たりがあるんだ」
心当たり。
というのは、どの点についてなのか。
「それはフォーレンが落とされる、と言う点での心当たりですか?」
「ああ、そうだ。実は先日、機甲魔装の研究に際して【神々の失物】を予想外に多く仕入れる事に成功してな。何故かそこには発注していない転移門がいくつか紛れ込んでいたんだ……いや、となれば、既に我が国の中にも裏切者が潜んでいると言う事か!」
なるほど。
これは余計に急がないと、本当に手遅れになっちゃうかもしれないね。
ここまでの戦況と、もたらされた様々な情報を加味して、とある作戦が脳裏を過ぎる。
『このドワーフに嘘はなさそうね。ある程度はネルを信用してるみたいよ』
『そりゃそうだよ。普通なら捕虜になんてしないし、まあシザリーと打ち解けて警戒心が緩くなった賜物でもあるかもね』
うん、この期に及んで、しかも現状を聞いた上で僕を疑うなんて馬鹿らしいからね。
だから僕も、このキンギルって言うドワーフをある程度信頼できる存在として認識する事にした。
この状況下ですら、自分の事よりも祖国を思うその気概は、僕のそれを与えるに足りるからさ。
『それにしても、わたしに何をさせるつもり?』
『できないかな?』
『出来るか出来ないかで言えば……出来るのだけどね』
『魔力の供給は任せて。でも、その作戦は最後の切り札だよ』
そう。
僕の脳裏を過ぎったとある作戦。
それはメリエスの魔眼をフル活用しないと叶う事の出来ない、荒唐無稽な企みだからね。
そして、それは最悪な状況に取っておくつもり。
まあでも、既にそれ以上に暗転してるかもしれないけど。
ひとまず僕は、キンギルを連れてフォーレンへと急がなくちゃ。
こうしている内にも転移門の設置が終わって、ジグリビアの軍勢がなだれ込んでしまうかもしれないからね。
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