32話 始動
第二章【確立】スタートです。
ここまで悠々自適な暮らしを送れていたのも、全てはオリビア家に守られていたから。
僕は恩返しをしたいと言いながら、どこかそれを負い目にしていたんだと思う。
心から感謝しているし、今だって恩返しする意志は消えていない。
オリビア家さえ出てしまえば、僕はひとり立ちをした事になって、魔王としての成果を上げていれば恩返しが出来ると思っていた。
それなりに戦えると言う自負はあったからね。
でも、違ったんだ。
僕は結局オリビアの誉れに寄り添い、決して矢面には立とうとせず、その笠に着るだけの坊ちゃんだったってだけ。
恩返ししている気になって、ひとり立ちした気分に浸っていただけなんだと思うんだ。
それを教えてくれたのが、両親の死と向き合わせてくれたクレアであり、なんだかんだ僕に付いてきてくれるレイミー、サリー。
それに加えて、生徒会長、近衛魔王隊長、魔女、と様々な肩書を持っているセレナさんだね。
最後に、やっぱり僕の事をずっと見守っていてくれたメリエス。
彼女たちの存在は今の僕を形作るのに、とても貴重な想いを抱かせてくれた。
セレナさんが遺跡を去った後、遺跡の防衛とフォーレンの捕虜をひとまずスライとシザリーに任せ、そんな事をぼんやり考えていた。
レイミーとサリー、それとフレイネには、一夜明けてからフォーレンの南で起きているであろう戦局の偵察に向かわせた。
遺跡の改修工事の進捗を確認した後、一人になってもの思いに耽る。
それでもなお、考えはまとまらない。
僕に何が出来るだろうか。
心に繰り返される言葉。
「孤独」。
セレナさん、いやサリネスは言っていた。
ダレルさんは孤独に苦しんでいると。
僕は僕の信じる道を行く、だなんて大言を吐いたのはいいけど、具体的にどうすればいいかなんて正直分からない。
ただ、その言葉自体に偽りはない。
意思の確立と覚悟は出来た。
あとは、僕がどうやって動けばダレルさんやクレアを悲しませないで済むか。
そんなモヤモヤした心模様を映し出すように、今日の空には厚い雲がかかっている。
遺跡の屋上は、いつのまにか僕が考えを巡らすのに丁度いい場所になっていた。
堅い石床にゴロンと寝ころび、両手を枕にしながら闇夜を仰ぐ。
『迷ってるの?』
『ん~、どうだろう。きっと怒られるだろうからね。待機命令には従わないからさ』
『でしょうね。あなたには特に甘いけど、その代わり特に頑固だしねぇ』
だね。
そんなダレルさんだからこそ、僕の進路を進学へと決められる要素を消してたんだ。
一度決めたら頑として譲らない。
もし、Aランク相当の力を見せていたら、きっと僕は今ここにはいないだろう。
『ネルも頑固だけどねぇ』
子は親の鏡とはよく言ったよね。
だから悩む。
どうすれば、あの筆頭魔王が折れてくれるか。
『少し寝たら?』
『うん……そうしようかな』
答えの出ない袋小路に彷徨ってしまったのかもしれない。
だからか、メリエスのその言葉に素直な気持ちで反応しちゃった。
今のところはお手上げ。
空に浮いてるであろう、月がどこにあるかは見当たらない。
薄暗い光を浴びながら言われるがまま目を閉じると、途端に睡魔に包まれていく。
◆
目が覚める。
ここ数日、あまり寝ていなかったからだろうか。
ついさっき見ていた気がした空模様は一変、少し湿った風と一緒に日光が燦々と降り注いでいた。
どうやら僕は、本格的にここで寝ていたみたいだね。
『おはよう、寝坊助』
『うん、おはよう』
そう言いながら、懐に忍ばせてある懐中時計を開いた。
朝七時か。
まだもらったばかりのそれを、僕はどこか懐かしそうに握りしめる。
そう言えば、クレアの我がままは途中で台無しになっちゃったんだよね。
この埋め合わせはいつかきちんとしないと。
なんて事を、この懐中時計は僕に思い出させてくれた。
そしてそれは、もしかすると僕に貴重なヒントをもたらしてくれたような気もする。
オリビア邸へ帰郷してから二日。
レイミー達はそろそろ偵察を終えて帰ってくる頃合いかな。
まさか、グレンさんやオリビアの魔王達がいて、返り討ちになっているはずもないだろうけど、裏切者の存在が気になるところだね。
セレナさんの言う通り、大きな組織は内部から崩されるのが急所だろうから。
さて、偵察隊が帰ってくる前に僕は少しだけ僕の仕事をしてこよう。
屋上から飛び降りて遺跡の入り口には向かわずに、少し離れた小川で呆けた顔をすすぐ。
そのすぐ近くに成っている果実をひとつねじり取って、おもむろに齧る。
拳骨ほどの大きさのそれを食べきるころには、また遺跡へと戻ってきていた。
「おはようございますネル様!」
出迎えてくれたのはスライのみ。
どうやらシザリーと交代で、捕虜の見張りと遺跡の見張りを担ってくれていたみたいだね。
「ありがとうスライ。疲れたでしょ?」
「そんな事はありません。我が主に仕えられる喜びをかみしめています」
まったく、誰の記憶からそんな言葉を選んでいるのか。
まあでも、そのうちゆっくりさせられたらいいね。
いくら元が魔物とは言え、生き物にとって休息は絶対に必要だからさ。
「フォーレンの捕虜は地下?」
「はい。シザリーが見張っています」
それを聞き、そのまま奥へ歩き出す。
これからフォーレンへ事情を説明する訳だけど、彼らが納得してくれるかな。
ジグリビアの狙いは、たぶんフォーレンなんだと思う。
オリビア派閥へ切り込む為にも、フォーレンは都合がいいだろうからね。
だからこそ、ジュブスさんの拠点は足掛かりに狙われたのかもしれない。
『陽動って線も有り得るかもね』
『なるほど。もしかすると、既にフォーレン内部にジグリビアの手の者が潜入してる可能性もあるね』
だったらまずいな。
僕の迷いはさておいて、機甲国家、いやあの技術は是非とも欲しいからね。
少し急いで交渉に臨む事としよう。
「あっ、おはようですネル様! この機甲魔装って言うのは中々にして面白いのですな! こやつらも意外に熱い志を持ってるやつらでして、決して悪い者じゃないと思われますよ!」
少しの緊張感を持ちながら、地下一階の捕虜を収容する部屋へ足を運んだ。
すると、中ではシザリーとフォーレンの機甲魔装部隊が何やら盛り上がって楽しそうにしていた。
というのも、サリーの好奇心を色濃く受け継いでるシザリーは、機甲魔装に興味深々だったようだ。
気が付くと、自身の魔術【変異魔形】のアレンジ版で機甲魔装を様々な形態にアレンジしていたそうだ。
そんな事をしている内に、彼らと打ち解けていたらしい。
「あなたがこの精鋭のリーダーでよろしいですか? 僕はこの遺跡の魔王、ネルテスタと言います」
「そうですか、君が偽りの魔王……いや、これは失礼。私の名は【ジョセフ・キンギル】だ」
さて、ここからはメリエスの力も借りておこう。
万が一にも偽った情報を握らされない為にもね。
しかし、存外にシザリーとの親交を深めた事により、あちら側もこっちの異能に興味を持っているようだね。
思いもしない成果を上げたなんて、当のシザリー本人は理解してる訳がないだろうけどね。
だから、交渉のテーブルはすぐに開かれる事となった。
こちらに必要以上の害意がないと判断しての事だろう。
とは言えこれは、対等な交渉になり得る訳がない。
一方が捕虜で、もう一方が生殺与奪を自由に出来るのだから。
それでも、機甲国家の『国王との謁見』を可能にするのは簡単じゃないはず。
誤解が無いように、慎重に言葉を選んでキンギルには答えを出してもらわないと。
さあ、ここからが本番だ。
身も心も独立した僕のお手並みを、オリビアの皆に、ジグリビアの軍勢に見せつけてやろうじゃないか。
『懐中時計を見て吹っ切れた感じね』
『うん。クレアがヒントをくれたからね』
『あら、だったらそのお手並みかなり心配ね。うふふっ』
心配だなんて言いつつ、メリエスはどこか嬉しそうに微笑みの吐息を漏らしていた。
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