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Fランク魔王と魔眼メリエス  作者: はかまだ
一章 【独立】
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31話 独立

 烈火のドラゴンが、森の上空から急降下していく。

 地表へと近づくにつれ喉の膨らみが大きくなり、いよいよ爆撃という手前でその大きな(あぎと)が開かれた。


 ゴポって言う音が聞こえてきそうだね。

 腹に蓄えていた、マグマスライムそのものが沸騰している。


 口先から少しだけはみ出しているのを見るに、いつでも発射可能な状態の様だ。

 さらに口内へとマグマスライムがせり上がっているのか、喉から頬からパンパンに膨れ始めた。


 よし、こっちも突撃しよう。


「行こうか」


 無言で頷く配下二人。

 その声を合図に、進行方向へとホバースライムに荷重を掛ける。

 勢いよく一斉に、遺跡へと向かって突進する。


 この距離からなら五秒もすれば到達するね。


 と言った距離感の半ばあたりで、投下したマグマスライムが盛大に爆発する。


 爆風の煙によって、一瞬だけ見えた侵入者らしき後ろ姿が見えなくなる。

 さらに、こちらからだと中が暗いので余計に見えづらい。


『メリエス、空間記憶の情報教えて!』

『もうやってるわよ。あっ、正面っ』


 空間記憶の読み取り、しかもリアルタイムで行う処理はかなりの負担になる。

 だけど、そんな苦行を先回りしてやってくれていたんだね。


 選別した情報が、右眼を通して僕の脳にも流れ始める。

 ホバースライムを滑らせて、入り口から見て左側へと減速せずに進入した。


 煙が晴れる。

 明暗差がなくなって、おぼろげながらも人相を認識するまでになった。


 ようやく、視界に入れる事が出来た一瞬前。


『近衛魔王、かしら?』


 読み取った情報の人物に心当たりがあったみたいだね。


 そう。

 なんと遺跡へ侵入し、分身体を寄せ付けない戦いをしていたのは、数時間前に顔を合わせていたセレナさんだった。


 生徒会長であり、近衛魔王隊長。


 いったいどれだけ組織の長が好きなんだろう。

 それとも何か事情があるのかな。


「おかえりなさいネルテスタくん。ちょっとやり過ぎじゃないかしら?」

「ただいま、と言いたいところなんですけどね。いったいなんの用でしょうか? 僕の使い魔がここまで苦戦してるんですから、やり過ぎるのに越したことはないですよ、近衛魔王様」


 言いながら、それぞれの分身体へと視線を向ける。


 その顔からは申し訳ないって感情と、安堵がない交ぜになってるみたいだね。

 分身体をここまで追い詰めた相手に油断なんて出来る訳ないじゃないか。


 すると、後ろにいるはずだったサリーが僕を追い抜いて行くのが横目に入った。


「おいセレナ! いくらあなたでも、やっていい事と悪い事があるんじゃないのか? わたしたちは同じ魔王の元に集う同志ではないのか?」


 ホバースライムから降りて、セレナさんへと足早に駆けていく。


「相変らずせっかちですねサリーちゃん。今説明しますから、一緒に聞いててもらえますか?」

「お、おう。そうか、分かった。聞いてあげようじゃないか!」


 異議を申し立てた勢いは、セレナさんの冷笑によって一気に冷めてしまったようだね。

 この同い年の二人には、はっきりとした上下意識が根付いている気がする。


 そんな関係が窺えた一幕だね。

 それでもサリーは黙っていられずに勇気を振り絞ったみたいだ。


「ネルテスタくん、あなたはオリビア卿の言いなりでいいんですか? 家を出てもなお、親の顔色を窺っていくつもりですか?」

「それはあなたに関係ないと思うのですけど」

「そうかしら? 君が望むのなら鳥かごから出してあげようと思ってるんですけどね。そして、私にはそれを可能にする力がありますから」


 論外だね。

 僕が望むのは、ダレルさんへの恩返しだよ。


 そりゃ確かに、過保護のままこの先も箱入りにされるのは御免だけどさ。

 それでも今は、与えられた環境で出来る限りの事をするしかないんだ。


 すると今度は、レイミーが横槍を入れる。


「ちょっと待ってください! ネルさんにはネルさんの考えがあるんです! それを何も知らない癖に勝手な事言わないでください!」

「考えとはなんですか?」

「えっと、それは、その……そ、そうっ! 恩返しです。ネルさんは育ててもらったオリビア卿へ恩返しするのに一途なんですよ!」


 どうやらレイミーにとって、セレナさんの一方的な言葉は挑発となってたみたい。

 こちらも黙っていられなくて、ついつい口を出してしまったんだね。


 レイミーときちんと向き合ってからも、サリーとの出会いも含めて。

 まだ一か月ほどしか経っていない。


 それなのに彼女たちと僕との間には、過ごした時間以上の信頼を築けていると思う。


 少なくとも、僕はそう思ってるんだ。

 いや、今この時にそう思えたって言うのが正しいかもね。


 だからこうして、雲上の地位にいる相手にも意思表示してくれた事が僕は嬉しかった。

 近衛魔王とは、そう言う存在だろうからね。


 エルドネの魔帝を守護する一番手に、言葉を挟むなんてそうそう出来る事じゃないと思うからさ。


「もう一度聞きますよネルテスタくん。君はこのままオリビア卿の言いなりに過ごしていくつもりですか? 子離れできない親を、いえ、苦しい過去に囚われたままの一人の男をそのままにしておいていいのですか? 君の本心を聞かせてください」


 それにしても。

 なんでセレナさんは、ここまでその事に固執してるんだろうか。

 しかも、ダレルさんの過去を知っているとでも言いたげな口調だね。


 いや、この口ぶりは知っているんだろう。

 だけど、どこか余裕のある笑みは相変らず。


 僕がダレルさんの言いつけを守ろうが破ろうが、彼女に関係あるはずがないじゃないか。


『待ってネル! もしかしたら……この子……』

『どうしたのメリエス? セレナさんがどうかした?』


 唐突にメリエスが騒めき始める。

 こんな右眼の疼き方は滅多にないんだけど、どうやらメリエスは目まぐるしい速度で、セレナさんの中の情報を漁っている。

 そんな感覚が伝わってくる。


「まあいいでしょう、でもネルテスタくん。あなた考えた事ありますか? オリビア卿の派閥は年々肥大化していっています。それは魔帝様にとって喜ばしい事でもありますが、オリビア卿本人がいかに重圧を背負っているか」

「ダレルさんの重圧は、正直僕なんかに計れるようなものじゃありません」


 セレナさんは「そうですよね」とひとつ相槌を入れて続けた。


「肥大化した組織はやがて末端まで目が行き届かなくなり、組織はそこから腐り出すのです。

 ジグリビアが何故に人間界の大半を手中に収めているか、知ってますよね?」


 いったい彼女は何を言わんとしてるのか。

 オリビア派閥の末端が謀反でも起こしたって言いたいのだろうか。


「ジグリビアはいち早く【神々の失物】を回収しましたから多くの転移門を抱えています。その機動力で一気に魔境線からあっちを洗脳した。合ってますか?」


 あれ、これって。

 何かが頭の中で、警鐘を鳴らしている。

 考えもしてなかった、バラバラの符号が一致し始める。


 そうだ。

 いくら転移門をくぐれば瞬間移動が叶うとは言っても、入り口と対になる転移門がないと意味がない。


 ジュブスさんの拠点は、ジグリビアからすれば敵の真っ只中に存在している。

 その中へ侵入するのであれば、周囲の監視網に必ず引っかかるはず。


 となると、ジュブスさんを襲った手先は転移門を使った可能性が高いよね。

 じゃあ誰が出口となる転移門を設置し、設定したのか。 



 そんなまさか……オリビア派閥の中に裏切者がいると?


「気付きましたか? いくらジグリビアと言えども、出口の設定されていない転移門への移動は出来ませんからね。今君が察したかもしれない、信じがたい想像が真実なのです。オリビア派閥は徐々に切り崩されているのですから」


 もしかすると、セレナさんのその言葉は本当なのかもしれない。

 だけど、僕はそれを信じる訳には行かない。


 ダレルさんの重圧については、正直思いもしてなかった。

 だから、きっと彼女が浅慮の末に僕へ詰問している訳じゃないのも分かった。


 でも、ジュブスさんの件は、鵜呑みにするわけにはいかない。

 彼女の言葉だけでは、到底信じられるはずがないよね。


 だけど。


 メリエスは違った。

 彼女はセレナさんの言葉に信憑性を見いだしたみたいだ。


『ネル、驚くかもしれないけど、その子の言ってる事は真実よ』

『なんで? 何か見えたのメリエス?』

『見えたって言うか……正直私も驚いてるのよ。まさかこの子の中にサリネスが宿ってるなんて……』


 え?

 サリネスって確か、魔女三傑の一人だよね。


「どうやらやっとメリエスが気付いた様ですね。そうです、私はセレナであり、サリネスです。

 君の様に一部にだけ宿っているメリエスとは違い、サリネス本体はこの右手ではありますが、精神上では完全に同調しています」


 急に過去の魔女の名が出た事で、レイミーもサリーも困惑気味に首を傾げている。

 そりゃそうだよ、僕だってメリエスからそう聞いてもなお混乱してるんだからさ。


 いやだけど、そのサリネスだとして、なんでメリエスはその言葉を信用できるのか。


『魔女サリネスの右手は予知を司るのよ。ほら見てごらんなさいな、あの赤くなった彼女の右手を』


 言われるがまま、ふと視線をそこへ移す。


 いつの間にかセレナさんの右手は、赤々とした色に変貌している。


「そちらもそちらで、魔女とお話してるんですよね。これで納得できましたか? もちろん全ての事をこの手で予知できる訳ではありません。【サリネスの魔手】は自身の魔力が届く範囲に起きる未来、起きた過去を感知するのです。そして、未来であれば改変もある程度は叶えられます」


 それを聞いて、一番に声を上げたのはスライだった。

 いつの間にか、僕の後ろへ来ていたみたいだね。


「それでこちらの攻撃はことごとく消滅されていたと?」

「その通りですよ。でも、中々素晴らしいコンビネーションでしたよ」


 どうやらスライ達、分身体が苦しめられていた原因が分かったみたいだね。


 それにしても、じゃあやっぱり彼女が言っている事は真実だと言う事になる。


「裏切者はいるんですか?」

「います。ジグリビアに洗脳され、オリビア派閥へ潜り込んだエルドネの魔王が転移門の設置と設定を手引きしていますし、ネルテスタくんがここを訪れた時に暴れていた異世界人もその裏切り魔王が関与しています」


 なるほど。

 クボタにしても、ジグリビアからあそこまで現れるのに転移門を使ったのなら納得できる。

 むしろそう考えるほうが自然だよ。


 今さらだけど、僕はなんでその事に気付かなかったのだろうか。


 それにしても、まさかダレルさんの家族とも言える派閥魔王に、下手人の手引きをした者がいただなんて。


 ダレルさんがこれを知ったらどう思うだろう。

 悲しいのかな。

 それとも激怒するのかな。


 なんて考えている場合じゃないけど、そんな事に思考を巡らせていた。


 セレナさんがゆっくりと歩み寄ってくる。


「もう一度聞きますよ偽りの魔王ネルテスタと魔眼メリエス。あなた達はオリビア卿をこのまま孤独の内に苦しませてもいいのですね?」


 そう言った顔からは、先ほどとは打って変わって沈痛な思いが滲み出ている。


 正直に言うと、僕はこのままじゃ駄目だと思っている。

 だけど、僕が動けばきっとダレルさんの心は苦しむのだろう。


 どうすればいい。

 家族を悲しませないで済むにはどうしたらいいんだろう。


『迷ってるって事は、ネルの負けじゃないかしら? 正直わたしも、サリネスとこんな形で再会して驚いてるんだけどね』

『負け……って、何が負けなの?』

『だってネルったら、なんだかんだ言って大人しく出来そうもないじゃない。だから迷ってるんでしょ?』


 そうか。

 僕の本心は今すぐにでも動き出したい衝動に駆られているのか。

 だから、ダレルさんに言いつけられた事との間で葛藤しているんだね。


 だったら、答えは出ている。


「僕はダレルさんに恩返しをしなくてはいけません。あなたと行動を共にするかは分かりませんが、僕は僕の信じる道を行きます」

「そうですか。ですが、私もサリネスもオリビア卿の支えになるつもりでいますから、いつでも頼ってくださいね。今日はこの辺でお暇しますけど、ネルテスタくんの親離れが叶う事を願ってますからね」


 そう言ってセレナさんは遺跡の入り口から出ていくと、頭に一本の角を生やした天馬に乗って空を翔けていった。


『もしかしてネルって甘えん坊って思われてるんじゃない?』

『いやいや、なんでそうなるのさ』

『だって、ここにきてようやくあなたは本当の意味で、自立した意志を示したのよ? 親離れ出来てないって思われても仕方ないわよね?』

『そんなこと、ないと思うよ……』


 もしかしたらメリエスのそれは図星だったのかもしれない。

 悔しいけど、こうしてセレナさんに指摘されるまで僕はダレルさんの背中に依存していたんだろうね。


 そうだ。

 ダレルさんは万能の神なんかじゃない。


 誰もが抱える苦しみを、同じように等しく持っているのが普通だよ。

 それを表に出すか出さないかの違いしかないんだ。


 だったら僕は、もうその背中を追うのは止めよう。


 あの大きな背中を後ろで支え、時には押して、いつか引っ張れるような魔王になる。


『大きく出たわね』

『そうやって今までの鬱憤を晴らすのやめてくれる?』


 こうして僕は、今日この時をもって、ようやく一人の魔王として独立出来た気がする。


 独り立ちって言うのは、生き方そのものを変える事なのかも知れない。


 幸運な事に僕には仲間がいる。


 きっと出来る。

 あの大きな背中をいつか追い越そう。


 言いつけには背くけど。


 手始めにそんな僕の独立した意志を表明しようか。


 さて、少し暴れてこようかな。




 第一章 -完-

これにて第一章『独立』が完結です。

まだ物語は続きますので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。


お読みくださりありがとうございました。

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