30話 右手
このお話は魔改造分身体のスライ視点でお送りします。
ネル様の予想がズバリ的中した。
大事な拠点を守る身としては、生け捕りにする事で生じるリスクは避けたかったのだけど。
しかし、主の望みとあればこのスライ。
リスクを背負う事もやぶさかではない。
しかしどうして、機甲国家からの侵攻。その鎮圧は思いのほか容易に終える事が出来た。
出来たのだが……。
散発的に現れる高ランク魔王を片付け、ようやく一息入れようとしていた時。
まったく気配を察知する事も出来ず、気が付くと遺跡の入り口に一人の女が立ち、微笑んでいた。
最初は、これまでの魔王と同列に相手をしていたんだけど、どうやら今度の手合いは一筋縄ではいかないようだ。
徐々に、僕ら分身体は本気になっていく。
しかし。
しばらく戦闘を続けていく内に、思いもしない事態になっていた。
突如現れた新手に、僕ら分身体が束になっても太刀打ちできないなんて。
「なかなか面白い魔術を使うんですね。そもそもあなた方は魔族でもなんでもないのですよね? よくできたお人形ですね」
なんでそんな事まで知られているんだろう。
もしかして、調査に秀でた魔術の所持者か。
合成時に与えられたネル様の記憶を引き出してみるも、この女の情報はまったくない。
となれば、フォーレンから送られてきた増援か。
いや、それも考えにくい。
そもそもこの女は魔角を所持しているし、フォーレンが魔族と友好的とは言え、身内に引き込んだと言う事例はないはず。
着込んでいる服は、ネル様が通っていた育成校の女子用制服と趣が似ている。
歳はネル様たちとそう変わらないだろう。
「おいスライ! ぼーっとしてる場合じゃないぞ! 何か対策を考えてくれ!」
「恐ろしく先読みの鼻が利きますね。こちらの動きをまるで予知でもしているような。それに初見でこちらの魔術を防ぐなんて信じれらません」
くそ。
このままではネル様に合わせる顔がない。
どうしようか。こんな時にネル様がいれば……。
主の帰りを期待してしまうなんて情けないにも程がある。
しかし、それでもこの女は僕らの手に余る。
だが、予定ではネル様の帰還はまだ数日後。
ここはなんとしても、僕たちの手で防衛しなければ。
そう意気込むものの。
パラサイトスライムでの寄生攻撃も何故か効かない。
そもそも、なんで気体に変化しているのにその場所を正確に定められるのか。
魔力の波紋を広げている訳でもないのに。
それに場所を特定したとは言え、女の右手がその位置を一撫でしただけで使い魔が消えてしまう。
カタパルトスライムでの掃射も、ことごとく失敗に終わる。
吐き出された全てのバレットスライムは、女の右手により消え去った。
通常、魔族の肌は青白いはず。
しかし、何故かこの女の右腕は肘から先が真っ赤に変色している。
「どうしましたか? そんな事では、ネルテスタくんの留守を守るなんて出来ないのではないですか?」
と、ここで、フレイネの背に生える竜の翼が動き出す。
一気の跳躍と翼の飛翔で、女の側面へと素早く移動。
間髪いれずに、手から口から凄まじい数の火球を打ち放った。
「遅いですね」
その数、優に百はあろうかと言う、まさに火の海。
女に残された逃げ道は、フレイネが背にする壁の対となる壁際への跳躍しか考えられない。
そして、そこには両手と尻尾をハサミにしたシザリーが既に待ち構えている。
二人の動きを先読みして、僕が取るべきいくつかの選択肢に思考を泳がせる。
「シザリーはそこで待機っ、フレイネは追加の火球を!」
女が火球を避ける為に、シザリーが待ち構える方へと跳躍するその着地点。
その地中にパラサイトスライムを五匹忍ばせる。
足を突いた途端、粘液状、まさにスライムの特性そのままに足を取り込み、動きを止める。
だけど、僕たちは目の前で起きた現象に驚きを隠せず、戦闘中だというのに間抜けにも呆けてしまう。
フレイネの火球は、完全に女から先手を奪ったはず。
にも関わらず、火球が女を襲おうとした瞬間。
まるで掻き消したかのように、フレイネが放った全ての火球が消滅した。
さらに、僕が地中に潜ませていたパラサイトスライムまでもが、その存在を消されてしまう。
まただ。
またあの右手が。
片腕を火球の渦へと翳しただけで、それは跡形もなく消え失せた。
続いて、僕が忍ばせた使い魔へ向けて、その右手を薙いだ。
どうやら距離が空いていたパラサイトスライムまでもが、その餌食になってしまったようだ。
「な、なんで……」
こちらの驚きなど気にも留めず、女はただ不敵に笑うのみ。
しかし突如、そんな女の表情が険しくなる。
「来ましたね」
女がそう言った数瞬後、入り口で爆発が起きた。
フレイネの火球が引き起こすそれが、ボヤと思えてしまう程の威力だ。
これにはさすがの女も、両腕を十字に構えてその衝撃に耐えていた。
でもおかしい。
なんで今回の爆発、その衝撃は掻き消さないのだろう。
火球に比べて威力が高いからなのか。
僕ら分身体は、その余波で地下へと続く階段付近まで吹き飛ばされた。
爆風に晒されながら、それでも懸命に入り口へ視線を留める。
煙の中から颯爽と現れる黒髪の魔王。
こめかみから伸びる二つの魔角。
普段は温和で感情が読めない顔だちだけど、今その眼からは漆黒の炎を宿している。
そんな飄々とした面立ちは変わらずも、どこか左目にも滾るような情熱の炎が窺える。
凛々しくなって帰って来られた。
まさしく僕らにしたら救世主。
今はこの喜びに身を、そして心を委ねよう。
この後にお叱りはいくらでも受けますので。
お帰りなさいませネル様。
お読みくださりありがとうございました。
そろそろ第一章として区切ります。
テーマなど活動報告に書いておきますので良ければ一読ください。




