29話 転意
しばらくは遺跡で待機を命じられ、何とも言えない感情のまま僕はオリビア邸を後にした。
当然ながらダレルさんは、即刻セレナさんの要請を却下する魔書をメイドに送らせていた。
待機命令はあまり従う気にはなれないんだけど、あの時はただ言われたとおりに頷いてしまった。
ジュブスさんがいた拠点の対応が終わり次第僕には監視が付く。
さらに、ダレルさんが落ち着いたらきっと屋敷へ連れ戻される。
そんなような事を言っていたんだけど、今はもっと別の事で頭がいっぱいだった。
帰りの道中。
レイミーとサリーに話掛けられたけど、あんまり覚えていないんだ。
「すまなかったネル……」
そう言った時のダレルさんの顔が目に焼き付いて、その事ばかり考えてしまう。
ダレルさんは自分のせいで、父さんと母さん、そしてメリエスが死んでしまったと言っていた。
僕には誰のせいかなんて分からない。
その時の事を僕がとやかく言える立場にはないからね。
それよりも。
実は僕の存在が足かせになっていたんじゃないのか?
そんな想いに駆られる。
今際の際、父さんは身重の母さん、要はお腹にいた僕を庇って絶命したらしい。
そして、メリエスは僕を救いだそうとして、戦いの終幕を急いだ。
もし僕の命が宿っていなかったら。
もしかしたら誰も死んでなんかいなかったのかもしれない。
そんな「もしも」の話が僕の意識をうわの空へと打ち上げていく。
だから、周りからの声が耳を素通りしていくんだよ。
◆
「ネルさん大丈夫ですか?」
「顔色が悪い、何があったのだ? 黙ってばかりじゃわからないのだ」
オリビナスの魔都から転移門をくぐり、ネストクでレイミーの空竜に乗って移動している。
あと少しすれば、遺跡に到着する頃合いだね。
だけど、ここまでずっと配下の二人に心配をかけている。
いつまでも塞ぎこんでいたってしょうがないじゃないか。
「ちょっとショックな話を聞いちゃってね。でも大丈夫。帰ったらきっとフォーレンの兵が捕まってるはず。たぶんスライ達は上手くやってるだろうけど、一応近くなったら警戒しよう」
そうだった。
もうここは、遺跡に近い。
と言う事は、フォーレンにも近づいている訳だし、その先ではジュブスさんが管理していた拠点の争奪戦も始まってるかもしれない。
「そう言えば、予定よりも早い帰還だったが、よくあのお嬢さんは駄々をこねなかったな。それとも屋敷の中が慌ただしかったのが関係してるのか?」
うっかりしていた。
普通なら真っ先に教えておかないといけなかったのに。
まったく、僕は本当にここまでずっと呆けてたんだね。
「フォーレンの南のオリビア拠点で派閥の魔王が殺されたんだ」
「んなっ! お、おい、それはオリビア家に喧嘩を売ったってことだよな? そうか、だからセレナのような大物があそこに来てたんだな?」
いやでも、相手が相手だからね。
それにしても、サリーはなんでそんな大物と知り合いなんだろう。
歳が同じだから、もしかすると育成校の同窓なのかもね。
ひとまず遺跡に着く間、いま起こっている異変について、判ってる全てを二人と共有する事にした。
◆
喧嘩を売ってきた相手が、もしかすると人間界におけるジグリビアの本体である可能性。
さらに、クボタのような異世界人が次々と召喚されている事。
それを聞いた二人は、一瞬で緊張感に包まれる。
もしかしたら戦争になる。
しかも現在の戦場となり得る地点が、遺跡から南へそれほど遠くない距離。
そんな驚きのまま、僕たちは予定よりもずっと早い帰還を果たしたんだ。
空竜に乗ったまま遺跡へ降り立つのは目立ちすぎる。
なので、ネストクから森を越えずその手前で下り、そこからは僕の使い魔を二人に貸し与えた。
【ホバースライム】。
パラサイト同様、ディジェネスライムをさらに魔改造した、移動手段に最適なスライムだよ。
板状の個体として成形し、その上に横向きに乗り直進方向へ体を向ける。
ホバースライムの底部からは揚力となる気体を吹き出し、後部からは推進力となるジェット噴射を吐き出して前進する。
乗り物としての使い魔だね。
だけど案外このスライムは、様々な使い魔の機動力として活躍すると思う。
操作は簡単。
前部の脚へ体重をかければ前進、後部にかければブレーキ。
かかとかつま先に体重移動で舵を切る事が出来る。
どうやら、サリーはこういった乗り物に目がないみたい。
まあ、単純に新しい物好きなんだろう。
「うはぁ~っ! 速い、速いぞぉっネルぅ!」
レイミーも案外すぐに乗りこなす事が出来、細かい起伏が多い森の中を颯爽と駆け抜けていった。
「ふわぁ~気持ちいいですねぇこれ」
ジラフホースと同程度の速度が出るから、森の出口へはすぐに着いた。
「ストップ! ここから先は歩くよ」
「ぬっ、もうおしまいなのか?」
「これ結構快適ですね。スイスイ進むし楽ちんです」
さっきまでの緊張感はどこへ行ったのか。
とにかく、周囲に妖しい反応がないか、魔力の波紋を一帯に広げてみる。
遺跡の外にはそれらしき反応はない。
だけど、遺跡の一階部分には、かなり大量の魔力反応が引っかかる。
これはフォーレンの人間だろうね。
でも。
その中に、一際大きな魔力を持つ何かがいるのに気付く。
どうやら、スライ達三体と交戦中、というか、圧倒的に僕たちの分身体は押され気味な様子だね。
「強そうな反応がある。中で戦闘してるね」
「なにっ! シザリーは、シザリーは無事なのか?」
すると、レイミーが魔導書を開き、なにやら閃いたような顔つきを見せた。
彼女も僕と同じように、いや、僕より正確に波紋を使いこなしてそうだから、より中の状況が飲み込めてそうだね。
「ネルさん、アレを使おうと思うのですが」
「あれって……ああ、ジェルマグマドラゴン?」
「はい」
なるほど。
それは中々妙案かもしれない。
何者かは分からないけど、分身体が手こずるくらいの強さなら奇襲するのが一番だよね。
フレイネの素体にしたフレイムドラゴンの亜種【マグマドラゴン】を【カタパルトスライム】と合成させた魔改造使い魔の事だね。
体内には【マグマスライム】を大量に収めている。
「よし、じゃあレイミー頼むよ。森の上空から一気に遺跡入り口まで急降下して爆撃して」
「了解です!」
ひとり蚊帳の外だったサリーが、何の事を話してるのか聞きたくてウズウズしている。
「サリーも、ソードフィッシュスライムを準備しておいて。これから遺跡入り口を奇襲するよ。どうやら、スライ達は中にいる一人に手こずってるからね」
「おっ、おおう! なんだこんなに早くこいつの出番が来るとわな!」
そうだよ。
今や僕は、独立した立派な魔角持ちの魔王じゃないか。
落ち込んでなんかいられない。
待機命令は守ろうと思うけど、大人しく引き下がったままなのも納得出来ない。
まずは目の前の厄介事を排除して、僕の仲間と策を練ろう。
きっと何か出来る事があるはずだからね。
『でしょ? メリエス』
『よくできました。ダレルはあなたが支えるのよ? じゃないとわたしが命張った甲斐がないじゃないの』
『でもメリエスはまだこうやって生きてるじゃないか』
『ふふっ、相変らず生意気ね』
『ありがとう。それもメリエスのお陰だよ』
どうやらメリエスは、気を遣って「相変らず」と言ってくれた気がする。
だから僕は、少しだけ陰鬱としたモヤが晴れた気分だよ。
それじゃあ、さっさと遺跡の侵入者を片付けちゃおうか。
お読みくださりありがとうございます。
そろそろ一章の区切りとなるかと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




