26話 近衛魔王
「3年、生徒会副会長のリリム・ウォーランだ」
「同じく3年、生徒会会長のセレナ・ニドルスです」
騒ぎを聞きつけて颯爽と駆けて来た女子生徒2人は、どうやらエリート中のエリートのようだ。
選抜校の生徒会って言うだけで、僕はそんな印象を抱いてしまう。
どうやら生徒会に報告された情報と、僕の話には一定の整合性があったらしい。
『当校の生徒数人が、部外者を取り囲んで戦闘状態』。
第三者から見ればそれ以外に見えるはずもないよね。
今日のクレアは着ていないけど、マシューも他の5人も一目見て選抜校の生徒であると言う事は瞭然だから。
「僕はネルテスタと申します。クレア・オリビアの友人で、彼女は僕の入校許可証を担当の方に貰い受けに行っています」
男子生徒は黒のスラックスに、白のシャツ。その上から黒のブレザーを羽織っている。
会長と副会長を見るに、女子生徒は黒のワンピース、上半身から腰までは身体にフィットし、下半身はフワッと膝下までのスカート。その上に短めの黒いブレザーを着ていた。
その制服を着ていない時点で、少なくとも僕は場違いだったんだ。
「ほう、クレアくんの友人、か。それで? どうしてこんな騒ぎに……あ、いや、なんとなく察する事は出来るが一応聞かせてくれ」
最初は高圧的だなと思ったけど、ウォーランさんはきっと生真面目な女性なんだと思う。
事態が収束するにつれ、少しだけ態度を軟化させたからね。
ただ、見た感じだけでも、性格が滲み出ているよう。
クレアよりも背が高く細い。
顔の掘りが深く、猫のような目と尖った輪郭が全体的に鋭い印象を与えている。
髪は白に近い銀色なので、それが余計に真面目そうなイメージを植え付けてる気がするね。
「どうして……と言うのは僕には分かりません。友人にそこのベンチで待つように言われて、日向ぼっこしてるうちに襲われましたので。少々手荒な事になってしまったのはご容赦ください」
ウォーランさんへ返した言葉を、今度は会長のニドルスさんが引き継ぐ。
「では、襲われるような心当たりはないってことですか?」
「飽くまで推測ですが、やはりここはエリート意識の高い優秀な家柄の御子息が集まってますからね。僕のような平民魔族がこの地に足を踏み入れるのを嫌ったのではないですかね」
「おいおい、ネルテスタくん。そうやって上位貴族全てがレイシストと決めつける事こそ、選民思想に囚われているのと同義だぞ? それにしても相変らずゴルゴッサは行き過ぎてるがな」
副会長は何らかの理由を察していたようだけど、僕のこの嫌味たっぷりの推測を否定するあたり、マシュー個人が引き起こしたと思っているのだろう。
要は、マシューがクレアに妄執の想いを抱いていた事を知っていた可能性が高い。
くわえて厄介な生徒としても認識されているみたいだ。
会長まで頷いているのを見ると、生徒会としての総意であるような素振りだね。
「これは失礼しました。名家の御子息に嫌われる事が多かったもので。まあ、どちらにせよ僕が邪魔だったって事には変わりないと思います」
マシュー達、襲撃犯6人は既に会長か副会長の何らかの能力によって拘束されている。
そこへ他の生徒が駆けつけ、副会長の「連行しろ」と言う命令を遂行していた。
腕には揃いの腕章を着けている事から、連行を担う生徒達も生徒会の一員なんだろう。
その他にも会長と副会長を囲む様にして生徒会が輪を作り、集まった生徒達を追い払っている。
「それでネルテスタくん。君は私の事を覚えてますか?」
瞬く間に周囲の野次馬が散り、それを待っていたかのようにして会長が意味深な口調で問いかけて来る。
はて、誰だったかな?
一度会話でもしていれば覚えられるくらいには記憶力があるんだけどね。
覚えがないと言う事は、きっと会話らしき会話はしていないはず。
「すみません。どこかでお会いしましたか?」
「やっぱり覚えてませんよね」
会長はどこか僕のその答えを予想していたかのようだった。
むしろ、無理難題の質問であった事を自覚していた節が見られる。
しかしなんだろうこの違和感は。
会長の態度は自治活動なんて二の次と言った感じに見える。
思い返せば、終始屈託のない笑みを携えていた。
しかし、その笑い顔は可憐でとても似合っている。
副会長同様に、性格がその笑みに表れているのかも。
それ故の違和感なのかな。
邪気が無いと言うか、裏がないというか。
クレアとは違う意味で優雅だし、気品も備えている。
副会長よりも頭一つ低い身長と、線の細い体つき。
その印象は正反対だね。
大らかと言った言葉が綺麗に当てはまりそう。
そんな観察をしている内に、見過ごせないものに目が留まった。
よくよく注視しないと気付かないくらいだ。
正直言うとかなり驚いたよ。
きっとその機微は悟られたかもしれない。
淡い紫色をした腰まで伸びるまっさらな髪を掻き分けて、極短な魔角がほんの少しだけ突出していたのだから。
これは鬼型の角かな。
額より少し上。髪の毛の生え際あたりから覗くふたつの突起は、紛れもなく魔角である。
「ふふっ。どうやら気づいちゃったみたいですね。偽りの魔王さん」
なるほど。
どうやら彼女は魔界の学生でありながら、人間界の情勢にも詳しいみたいだね。
この学校に通いながら、つい最近僕に付いた二つ名まで知っているのだから。
と言う事は、違和感の正体はそこにあったって事かな。
元々騒ぎなんか起きなくとも、会長は僕と接触を計っていたに違いない。
と、ここで、何事かと慌てふためきながらクレアが戻ってきた。
「ちょ、ちょっと通してください! そこに友人がいるんです」
どうやら生徒会の壁に阻まれてしまったようだね。
いくらクレアが有名人とは言え、そこは上級生で且つ生徒会。
下級生に遠慮してそこを素通りさせてしまっては威厳が保てない。
「通してあげてください。その方は関係者ですから」
周囲を囲む生徒会の脇をすり抜けて来たクレアが、驚きながら会長の名を口にした。
まあ、生徒会長なんだから名前くらいは知ってて当然だけど、どうやらそんな距離感でもなさそうだった。
「あ、セレナさん!」
「お久しぶりねクレア。と言っても、あなたは入学式で私を見てましたっけ」
「はい。素晴らしい歓迎のスピーチを頂きありがとうございました」
ただの知り合いって感じじゃなさそうだね。
しかも、年上とは言えクレアに敬称を付けてないと言う事は、オリビア家と対等かそれに近い力関係であると予想できる。
いや、それ以上と言う可能性も少なからずあるのかも。
いったいこの会長さん何者なんだろう?
何故か僕の事も知ってるみたいだし、以前どこかで会ったような口ぶりでもあった。
何より魔角所持者なのが一番気になるところだね。
「なぜ生徒会の皆様がネルを取り囲んでらっしゃるのですか?」
「ちょっと色々騒ぎがあってね」
まるで騒ぎなんてどうでもいいかのように、クレアの緊張など気にもせずウィンクしながら答えている。
「では、ネルに何か御用と言う事ですね?」
その口調は質問だったけど、クレアはきっとその言葉に確信をもっている。
そんな顔をしてるよ。
会長の何を知っているかはさっぱりだけど、今まで以上に緊張の色が濃くなったからね。
対照的に、会長の薄く小さな唇が弓なりに弧を描く。
「クレアさえ良ければ、これからあなたのお屋敷にお邪魔してもいいですか?」
その一言は、クレアの警戒をさらに強めた。
しかし、思いもかけずその答えは、会長の要望を受け入れる言葉となった。
「分かりました。詳しくはお父様に、という事ですね」
「さすがは筆頭魔王のご令嬢です。ああ、そうそう、そこのネルテスタくんも、クレアも同席してくださいね」
そんなやり取りをしながらも、既に準備は整っているのか、会長は校門へと下るアプローチをゆっくり歩き始めていた。
「全員撤収っ! わたしと会長は出かけて来る。留守を頼むぞ」
どうやら副会長も同行するみたい。
当然の様に会長の後ろをついていく。
ふと横を見ると、クレアのテンションは一気に下降を辿ったかのよう。
まるで、この世の終わりとでも言いたげに鬱屈としたため息をひとつ吐く。
そうだよね、せっかく色々と予定を組んでてくれたのにね。
そんな顔を見てたらこっちまで切なくなるじゃないか。
いつかこの埋め合わせはするとして、今は目の前の厄介事をどうにかしないとね。
「ね、ねえクレア。会長って僕と会った事あるっけ?」
「えっ、ネルってば覚えてないの? ああ、そうか、セレナさんとお話した事なかったかもね」
「じゃあやっぱり会った事はあるんだね。それで、いったい何者? いきなりオリビア家に乗り込めるだなんてエルドネじゃあ珍しいね」
「ちょっとネル? 本当にセレナさんを知らないの?」
「うん、知らないよ」
「嘘でしょ……はぁ~、まったく。相変わらず世間知らずと言うか、無頓着と言うか……はぁ~」
なんだって言うのか。
さっきのため息なんて比べものにならないくらい大きく息を吐き出されてしまった。
それも2回。
しかしその理由は、屋敷に戻り恭しく接するダレルさんを見て判明する事となる。
セレナ・ニドルス。
何を隠そう彼女は、あの若さで【魔帝エルドネ14世】を守護する近衛魔王隊隊長であり、何故かオリビア派閥へ属する一風変わった素性の持ち主だったんだ。
事前の了承なしにオリビア邸を訪問できるはずだよね。
エリートなんてとんでもない。
さらに雲上の存在。
そんな国の重鎮を見知ってなかったなんて、そりゃあクレアも呆れるよね。
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