25話 騒動
綺麗なレンガで舗装されたアプローチは、緩やかな上り坂のまま校舎へと繋がっている。
先月まで通っていた古めかしい育成学校と違い、選抜校は真新しさの残る景観が印象的だった。
僕らは、それなりに混み合ったこの道を寄り添って歩いてたんだね。
しかも、手をつなぎながら。
冷静になって思い返すとかなり悪目立ちしていたんだと思う。
ベンチの背もたれに体重を預け、目を閉じていると眠くなってくる。
ほんのり当たる陽射しが心地良い。
こうして瞼を閉じると、嬉しそうに笑ったり、恥ずかしそうに頬を染めるクレアが浮かんできた。
少し会わない内に、随分と雰囲気が変わったなぁ。
なんて事を胸中で独り言ちる。
このままクレアが戻るまで、のほほんとしていよう。
しかし。
どうやらそうも行かないみたいだ。
せっかく暖かな陽気と、幼馴染の優しさで心身共にポカポカしていたって言うのに。
どこからか向けられる爬虫類のようなネトっとした視線のせいで、気が散って仕方がないよ。
悪目立ちした結果なのか、それとも僕に好意を抱くが故の熱視線なのか。
まあ、ほぼ前者と見て間違いなさそうだけど。
元々人気者のクレアを独占していた僕に対して嫉妬する連中は多かったからね。
いや、別に独占してやるぞって言う意気はなかったんだけど。
仲がいいんだから仕方ないじゃないか。
だから、そんな妬みの籠った視線に敏感になったんだよ。
ただ、そこに込められているのが、そこまでの感情だったらまだ良かった。
嫉妬から憎悪に変わって、今はもう明らかな敵意を向けて来てる。
さて、どうしようか。
呑気に日向ぼっこしてたせいで、もう数人の包囲網は出来上がってる様子だしね。
自身から微弱な魔力を波紋の様に広げ、敵意の元となる視線の位置を確認する。
僕が座るベンチと同じものが道の向こう側にあって、その陰に2人。
ベンチの後ろ、道の両脇に立ち並ぶ樹上に3人。
そして、最後の1人が真正面から僕に向かって来て、憎き仇を見るような視線のまま隣に座った。
だから、結局。
僕はここで余計な騒ぎを起こす訳に行かないし、何よりそれは面倒だ。
男が隣へ座ったと同時に、腰を上げてアプローチを校門の方へ一歩踏み出そうとした。
「まあそんなに急がなくてもいいだろう? それとも君はオリビア嬢が戻るのを待たなくていいのか?」
別に急いでる訳じゃないんだけどね。
敵意を撒き散らす相手が隣に来て、穏便に済まそうと思えばごく自然な行動じゃないかな。
「待たなくてもいいんじゃないですかね? 別に」
なので、僕としては当たり前の返答をしたんだ。
だけど、どうやら僕がクレアをないがしろにしたと、男は思ったのかも。
「おいおい君っ! オリビア嬢はここで待っててくれと言っていたじゃないかっ!」
「盗み聞きとは気持ち悪い趣味をお持ちなんですね。どこの誰かは存じませんが、あなたには関係のない事ですよ。でわ」
この男、いったいどこからどこまでの会話を聞いてたんだろう。
しかも、それを隠す素振りもないから余計に気持ちが悪い。
「逃がす訳にはいかないんだよ。君のような害虫がオリビア嬢の周りを飛び回ってるのは目障りなんでね。Fランクの魔王くん」
ん~。
どうやら僕の事は知ってるみたいだね。
すると、陰に隠れて出番を待っていた男の連れ合いが姿を現した。
合計で6人。
なるほど、つい最近まで一緒だった同級生が混ざっていたんだね。
それでこの男は僕の事をある程度聞いてた訳か。
だから余計、僕とクレアの仲に嫉妬が膨らんだのかもね。
仕方がない。
無駄な事かも知れないけど、少しだけ話してみようかな。
「それで、あなたはどこのどなたなんですか?」
「はっ! Fランクの庶民とは言えこの僕を知らないだと? まあ国が違えば致し方ないのかもな」
となると、彼はエルドネの魔族ではないんだね。
「僕はアッセム魔皇国のマシュー・ゴルゴッサと言う。これで少しは理解できたかな?」
おおっ、意外にも大物だったみたい。
さっき会ったディスレイさん程じゃないけど、僕が知ってるって事はそれなりに有名な家柄なんだと思う。
そうそう、確かディスレイ派閥に押され気味で、ジグリビアと内通してるって言うきな臭い貴族だったような記憶があるね。
息子がこれじゃあ、きな臭いに加えて胡散臭い貴族なんだろうなぁ。
「僕の名前はネルテスタです。そんな高名な家柄の方から声を掛けられる心当たりはないのですけどね」
「それはさっきも言っただろう? 君のような羽虫がオリビア嬢の周りをうろつくのはこの選抜校の威厳に関わる事であるし、品位に関わるんだよ」
要は僕の事が目障りなだけなんだろうね。
マシューはそう言って、軽く振りかざした右手をサッと降ろす。
どうやら、子分達に合図を出したのだろう。
それを皮切りに、マシュー以外の5人が襲い掛かってきた。
まったくどうなってるのか。
これじゃ名ばかりのエリート校じゃないか。
◆
ここ【魔王育成専門選抜校】がある土地は、連綿と続く魔界の歴史で唯一『三大魔国が手を結んだ地』として、歴史に刻まれている。
英霊墓地に眠るのはエルドネやアッセムの魔族だけではなく、ごく少数だがジグリビアの魔族も含まれている。
そう言った時代背景を鑑みて、この選抜校には留学生扱いのジグリビア出身魔族が数名籍を置いている。
毎年1~3名が入学してきており、厳重に管理された転移門で登下校を行っている。
そのジグリビアの生徒には魔王としての資質を磨く以外に、遺族の代わりに英霊参りする代行者としての側面もあった。
ジグリビアの英霊はジグリビアの国民にしか弔えない、と。
ただし、それは体面のいい建前でしかない。
元々、エルドネもアッセムも、留学生の受け入れには反対していた所に、そんな事を言って来たと言う経緯がある。
仮にも、ジグリビアの手を借りて魔神を退けた事はたしか。
エルドネとアッセムは借りを返すため、10年間のみの条件付きで致し方なく受け入れたのであった。
しかしその判断が大いに間違っていたと言う事を、エルドネもアッセムもまだ知る事は無い。
クレアと同期で入学したジグリビアの魔王の中には、あの異世界人クボタを召喚した派閥の幹部筋が潜んでいたのだから。
魔王多しと言えど、召喚された異世界人と戦闘して生存しているのは今のところネルしかいない。
そして、そのジグリビアと内通の噂濃いアッセムの魔王に目を付けられたのは、偶然なのか、はたまた必然なのか。
ネルは今、そんなマシュー率いる高ランクの生徒に囲まれている。
謂れのない嫉妬と、選民思想の驕りによって。
「存分に痛めつけてしまえ。オリビア嬢に近付くとどうなるかその体に教えてやるんだ」
選抜校に進学してもなお、クレアの実力は抜きんでていた。
そしてあの美貌であるのだから、圧倒的な存在感に初めて晒されたアッセムの魔王の中には、一部熱狂的な好意を示す者がいる。
その中の筆頭株がマシューと言っていいだろう。
「お手柔らかに」
ネルがそう言ったのを皮切りに、5人の魔王が一斉に飛びかかった。
さすがに、派手な魔術を使うのは避けているのか、魔力を身体に纏う『魔闘術』と呼ばれる武術で襲い掛かろうとしている。
中には、拳を堅く強化している者もおり、一撃でも当たれば骨を砕くくらい容易い。
だがネルは体術、武術はもちろん、魔闘術に至るまでグレン直々に鍛えられている。
加えて【拡張】で増強された身体能力を以てすれば、子供を相手にしているようなものだった。
右から来る拳を難なく躱し、矢継ぎ早に迫る蹴りと突きを紙一重でいなす。
すると後ろから羽交い絞めしようとして、肩を掴みかかった男には後頭部での頭突きをお見舞いした。
ネルの背後では、鼻が変形し鼻血を大量に溢しながら男がうずくまった。
「な、なにをしている! こいつはたかがFランクだぞっ。さっさと殴り倒せ!」
こんなはずじゃなかった、とマシューは少しの焦りを滲ませた。
戦闘要員は残り4名。
普通に考えればFランクひとりに、高ランク4人が囲んでいるのだ。
ネルが窮地に立たされている事は疑いようもない。
しかし、そこは『偽りのF』であるから、侮っていると返り討ちになるのは必定であった。
その後もマシューの子分は、一撃すら当てる事が叶わない。
遂には魔導書から武器を取り出して、ナイフやこん棒、槍まで構えて一斉に襲い掛かる。
「やれやれ、各個撃破は面倒臭いね」
得物を持った手合いが、四方から襲い掛かって来る。
が、ネルは一瞬だけ魔眼を解放する。
ボッ! と言う音と共に、メリエスが覚醒する際の魔素吸引と共に魔力の波動が拡散する。
ネルはそれを【拡張】し、少しだけ物理的な衝撃を付与した。
その瞬間。
それぞれ上段に得物を構えた姿勢で固まると、一斉に前のめりになって倒れ伏してしまった。
とは言え、マシューも選抜校に名を連ねる高ランク。
ネルが子分を相手取っている間、どうやら魔術の準備をしていたようだ。
そしてその術中に嵌めた事を確認すると、子分が倒されていようが余裕の笑みを浮かべた。
「ま、まあ、体術は中々のものだな。しかし、僕の魔術【瞬獄】は既に君を捉えたぞ。創造系統の凄さをとくと味わうがいい!」
マシューが持つ魔術は、対象の周囲に一瞬で牢獄を創造し、魔力の一切を遮断してしまうと言うもの。
かなり優秀な能力であるが故に、ここまで怖い物が少なかったのだ。
現にネルは今、瞬く間にその【瞬獄】の虜囚となってしまい、事実上魔力の行使を抜きにしてそれの脱出を試みなければならなくなった。
濃紺の霧のような4本の柱が、ネルを真ん中に置く様に地中から飛び出している。
この柱が発生させる濃霧の中が瞬獄の範囲内となる。
はっきり言って、この魔術の餌食になったら、並大抵の魔王や魔物では突破する事は不可能だろう。
「これは凄い魔術ですね」
「ふふっ、ふはははっ! やっと理解したのか虫けらぁ! 少しくらい武術が出来るからって調子に乗るからそうなるんだ!」
ただし、ネルは並大抵の魔王ではなかった。
ネルを標的にし、荒事にまで発展させてしまったのは過ちでしかない。
「仕方ない。メリエス頼むよ」
ボソッと呟く様にネルがそう言うと、今度こそ右眼から黒い炎が立ち昇る。
周囲の魔素を吸引し、ネルの体内に魔力が漲って来る。
「なっ、なんだその眼は!」
別に目つきが悪いのを咎めたと言う訳ではなく、その異様な光景に驚いて真っ先に口を吐いたのがその言葉だった。
マシューが驚いた理由はふたつ。
その言葉通り、突如として右眼から噴き出した真っ黒な炎。
そして、魔力を遮断したにも関わらず、ネルの体内に膨大な魔力が湧き上がっていると言う事。
このふたつの異常事態を前に、マシューはただただ怯えるしか出来なくなってしまった。
そして【瞬獄】は転位眼により破壊され、マシューの魔力は封印された。
パリン。と言う音と共に濃紺の霧が一瞬で晴れた。
「な、なんだっ、何が起きた……」
自慢の魔術が壊されて呆然自失になるマシュー。
ガクッと膝を付き、魔力が湧いてこないのが信じられないような感じで、両手の拳を開閉している。
と、その時。
クレアが消えていった方角からもの凄い速さで2つの影が迫ってきた。
「貴様らそこで何をしているっ、校内での暴力沙汰は重い処罰が課されると知っての狼藉か!」
あまりの速度にネルですら驚きを隠せない。
しかし、どうしたものかと思案する。
「生徒会です。両者すみやかに投降してください」
この後、ネルはクレアが来るまで、延々と事情聴取をされる事となる。
しかしこの騒動のお陰で、生徒会長と副会長と言うパイプを手に入れたのも事実であった。
そこにはクレアの客人と言う肩書と、この戦闘の形跡が関わっている。
要するにネルは嫉妬する輩以外にも、選抜校の生徒会にまで目を付けられたのだった。
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