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Fランク魔王と魔眼メリエス  作者: はかまだ
一章 【独立】
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24話 前進

 魔女メリエスが、肉体の全てを賭して邪神を封印した。

 しかし、それで魔界の秩序が元通りになったかと言えば、そうもいかなかった。


 邪神が残した魔神。

 戦禍は魔界全土まで広がり、魔族評議会【魔会】に参加する三大魔国と、いくつかの小国とで2年に渡る戦いが続いた。


 その終幕の地がこの【魔王育成専門選抜校】が建てられた場所であり、大局が決した時刻が朝の7時であった。


 墓石が置かれているこの古びた建物は【英霊墓地】として築かれ、周囲は魔神の爪痕を残したまま放置されていた。

 だが、数年の時を経て、こうして若き才能を開花させる地へと転換させたのだった。



 墓石の前に跪き、ネルは首から下げていた懐中時計を父のそれへとそっと掛ける。


「いいの?」

「うん。元々は父さんの物だしね。それに、僕には新しいお守りがあるからさ」


 今まで父の懐中時計が掛かっていたネルの首には、真新しく磨き上げられた新品の懐中時計が掛けられている。


「そっか。じゃあ、エルおじさんのと同じくらい大切にしてね」

「そうだね。ありがとうクレア」


 ここへ来る前にクレアが宝飾店に寄っていたのは、ネルへのプレゼントを受け取る為。

 一人前になった証としてそれを手渡すとともに、クレアはネルに区切りを付けて欲しかったのだ。


 決して、形見の懐中時計を押しやってまでネルの首に収まって貰おうなどとは思ってなく、ネルが掛け替えようとした時は戸惑っていた。

 しかし、そんな遠慮は今こうして両親の死と向き合ったネルに水を差す。

 そう思い直して柔らかな視線を送るにとどめていた。


 ネルと会える。

 もし、その1ヶ月の間にネルのあの勇姿を見ていなかったら、クレアはただ単に浮かれ過ごす事ばかり考えていたかも知れない。


 しかし、あの経験がクレアの意識を目覚めさせた。

 

 底なしに優しく、頼りなさそうだけど寄りかかると暖かい。

 飄々として、面倒臭がりで、馬鹿にされてたって気にも留めない。


 そんなネルをクレアは幼馴染みとしてだけじゃなく、弟のような感覚を持って可愛がっていたのだ。

 だから進学を勧めたし、人間界に下りて独立するなんてもってのほかだと反対もした。


 ダレルの威光で選抜校に入れるか、せめて私塾に通わせてランクを上げさせるのが一番だと。


 しかし、そんな弟があのグレンを相手にして一矢を報いた、いや、完全に上手を取ったのだ。

 ネルの魔眼や能力について、隠していた事に怒りを覚えたりする前に、クレアは混乱していた。


 能力の凄さには驚いたが、それ以上にネルには魔角を持つに足る力があったのだ。

 様々な疑問が脳裏をよぎる中、それでもクレアはネルの事を一番に考えた。


 それまでは、危険を冒すくらいならオリビアの屋敷にいて安穏と暮らしていればいいと思っていた。

 しかし、そうじゃない。

 本当のネルに必要なのは、前に出て護ってあげる事ではなく、彼の背中を支える事だったのだと。


 そんな想いを胸に秘めたクレアの我がままが、朝食からここまでの行動だったと言う訳であった。

 前を向いて進むのであれば、是が非でもネルにはここへ来て貰いたかったのだ。

 それがネルにとって最良である事をクレアは疑いもしていないし、結果的に今この光景を見て幸せな想いで満たされていた。


 そしてそれはネルも同じなのだから、クレアの我がままは遂に思いやりへと昇華したのだった。


「じゃあそろそろ行こうか」

「そうね。他の人も来たみたいだし」

「またね、父さん母さん」


 英霊墓地の入り口がギィっと言う音を軋ませたのを合図に、ネルは立ち上がって墓石に別れを告げた。


 そのまま踵を返し、新たな墓参者(ぼさんしゃ)とすれ違ったのだが。

 思いもかけず声を掛けられる。


「おや? オリビア卿のところの……」


 ダレルよりも少し年輩であろうその男は、クレアに視線を向けて足を止めた。


「あら、ディスレイ様ではありませんか」

「君が弔うような英霊がここに眠っておったのは初耳だな」

「はい。大切な、家族と同じ存在の英霊がここに眠っているのです」


 傍らで大人しくその男を観察していたネルは、見覚えのある顔とクレアが口にした名前でその正体に行きついた。


 アッセム魔皇国で、ダレル同様に一大派閥を牛耳っている男こそ、目の前のディスレイであった。


「なるほどな。もしやそっちの君は【エルネスティ】の息子ではないのか?」


 この状況を整理して、ディスレイがその予測にたどり着くのは難しい事ではない。

 オリビア家と家族同然、その英霊が眠るこの地に、ディスレイが口にした名の男とそっくりな少年がいたのだから。


「お察しの通りです。初めましてディスレイ様、僕はネルテスタと申します」

「そうか……君がエルの息子なのか。いやなに、エルには世話になったからな。しかし大きくなった。あの時の幼子がよくぞここまで立派になったものだ」

「立派だなんて滅相もありません。やっと独り立ちしたばかりのひよっこですから」


 ネルがそう言うと、ディスレイは館内へ響かんばかりの声で笑った。


「そうか、ひよっこか。まあよい、ネルテスタ。ダレルの許可がもらえたらの話だが、いつか、近い未来に我が家へ顔を出してくれんか? 今はワシも大切な英霊へと祈りを捧げたいのでな。もちろんオリビアのご令嬢も一緒にな」

「そうですね。我が主がお許しになったら是非に」

「父にも申し伝えしておきます。それでは失礼いたします」


 思いがけない人物との出会いがあったものの、ネルもクレアもどこか晴れやかな気分で英霊墓地の建物を後にした。


 そしてクレアは、次のプランに移行するべく動き出す。


 人気のない英霊墓地から、また選抜校が置かれている敷地の中心地へと戻っていく。


「ねえ、ネル。少しだけここの授業を見学していかない? きっと参考になると思うの」


 そう。

 クレアは更なる後押しとして、次なる予定をそのように企んでいた。

 もちろんネルの為に。


「う、うん。でも、僕は部外者だからあまりうろつくとクレアに迷惑かけちゃうよ」

「大丈夫よ、オリビア家の名は伊達じゃないんだから。もう先生方には話してあるし」


 もちろん、これがクレアの申し出でなければ即刻の拒否反応を示して固辞するところだ。

 しかし、ネルは先刻にあった一連の気遣いに感謝している。


 そんなクレアの好意を無碍には出来ない。

 エリートから向けられる蔑みと好奇の目がうざったい、などと言う理由が口を吐くなど有り得ないのだ。


「わかったよ。じゃあお言葉に甘えようかな」

「うんっ。素直なネルが一番好きよ。ちょっとそこのベンチで待っててくれる? 担当の先生に入校許可証貰ってくるから」


 予定通りに事が進んでいるから、クレアはよっぽど嬉しいのだろう。

 いや、実際に無意識で『好きよ』なんて言ってしまえるくらいには浮かれている。

 ネルの為になっていると言う事を実感できているのだ。


 まるで重力などないかのように弾みながら、校舎へと駆け出していった。


 それを見送ったネルは言われた通りのベンチに腰掛けて待つことにするのだが、既に厭らしい視線は向けられている。


 クレア・オリビアと言えば知る者ぞ知る大物だ。

 そんな有名人と肩寄せあって歩く姿はそんな視線の恰好の的であった。


「ふぅ、仕方ないよね。この日の為にここまで張り切ってくれたクレアの想いに応えないと」


 ネルはそう言いながら、陽の光を遮る枝葉を見上げ目を閉じる。



 ところで、クレアがネルの勇姿を目の当たりにしてからこっち。

 クレアの中ではネルに対する認識の崩壊とともに、様々な事に覚醒したのだが。


 こうして、ネルを連れ出したのはその好影響の賜物とも言える。


 その最たるものがネルに対する感情の変化であった。


 恋慕を自覚したクレアは、ネルへの態度にも変化が現れている。

 ネルはネルで長らく会っていなかった寂しさの反動、と認識しているのだが、半分正解で半分は不正解だ。


 ここから先、クレアの変わりようが思いもかけない騒動を引き起こすのだが、クレアもネルも今は知るはずもない。


 ただ、その騒動の火種は既に燻っているのだった。

いつもお読みくださってありがとうございます。

ネット小説大賞と言うものに、身の程もわきまえずエントリーしてみました。


厚かましくはありますが、応援していただけると嬉しい限りです。

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