23話 墓石
朝8時にオリビア邸を訪れ、30分も経たない内に外へ連れ出されてしまった。
と言うより、僕を日中独り占めするって言う約束らしい。
勝手にそう言う事になっているんだけど、どうやらそのせいでクレアが強硬手段に出ても引き止められなかったって訳だね。
『夜には話す機会もあるんだからいいじゃない』
『んん~、まあそうなんだけどさ。僕の都合とか少しは聞いて欲しいような……』
遺跡にフォーレンの手勢が攻めて来たと聞いて、自信満々に「問題ない」なんて言ったはいいけど、レイミーとサリーはきっと気が気じゃなかっただろうしね。
それに、ダレルさんとの初対面で、僕と言うクッションがあるのとないのとじゃあ、緊張の度合いも大違いだろうし。
せめてフォローくらいする暇が欲しかったかな。
ともあれ、僕はクレアと共にオリビア家の豪奢な馬車に揺られている。
罰が悪そうな顔で、俯きながらも時折こっちの様子を窺ってくるだけで、屋敷からだいぶ離れたと言うのにクレアは無言のままだった。
多分、クレアはクレアで反省してるんだと思う。
きっと、僕と会えるこの日を心待ちにしてくれてたんだろうけど、そんな想いを抱いているのは自分だけじゃないって言うのをちゃんと理解してるはずだしね。
我が道を行くタイプのクセして、周囲への配慮にも聡いから不器用な気遣いに見えたりする事があるんだよ。
まあ、そんなクレアとずっと一緒に過ごして来たんだから、強引な連れ出しがあった所で今さらなんだけどね。
ただ、そんな沈黙のお陰で僕は少しだけ感傷に浸っていられる。
ほんの1ヶ月前は、オリビア邸からオリビナスの魔都へ続く道――まさに今走っている景色を眺めながら学校へと通っていた。
そんな懐かしい思いをよぎらせて、まどろみの一歩手前って感じになっている。
だけど、そろそろ自己嫌悪に陥ってる姉を元気づけてあげなきゃ。
「ここをこの馬車でこうして走るのも久しぶりだね。クレアは今もこうしてるんだろうけどさ」
そう言いながら、昇り始めた陽の光で暖かくなったクレアの頭に手を乗せる。
ポンっと。
「うん……そうだよ。でも、今はネルがいないけど……ねえ、怒ってないの?」
「ん~、最初はちょっと怒ってたけどね。でも、これからクレアは僕の為にどこかへ連れて行ってくれるんでしょ? それとも屋敷に戻る?」
どうしてかな。
クレアを相手にすると、少しイジワルをしたくなっちゃうんだよね。
でも、これでおあいこって事でいいか。
「ネルが戻りたいなら、そうしてもいいのよ? だって、きっとあの子達、お父様を前に緊張してるだろうし」
意外にも今日のクレアは殊勝な心掛けっぽい。
今日という日が特別だから余計に罪悪感を抱いちゃったのかも。
まさかの素直な返答なもんだから、僕の方が悪い事したような気になっちゃったよ。
「レイミーとサリーなら、まあなんとかなるよ。それに、クレアが僕をこうして連れ出したのはダレルさんと約束したからでしょ? じゃあいいじゃない」
すると、その言葉でようやくクレアの顔に笑みが戻る。
頭に置かれた僕の手を両手で包んで、右の頬へずらしていく。
「ありがと、ネル」
「こちらこそ、ありがとうクレア」
僕のそれは、何に対してのありがとうか定かじゃない。
でも、なんだか同じ言葉を返したくなったんだ。
◆
オリビナスの魔都にて、本来なら屋敷で摂るはずだった朝食の代わりを済ませると、次に向かった先は宝飾店。
どうやらクレアは、今日の為に色々とプランを考えてくれていたみたいだ。
まだ開店前だって言うのに、店員はクレアが訪れるのを察知していたように準備万端で待ち構えていた。
「ようこそいらっしゃいました、クレアお嬢様。例の品はこちらでございます」
恰幅のいい店主は、見るからに商売人といった笑顔を向けていた。
金色の仕切りで囲われた応接間に案内されると、そこには細長い長方形の小箱が置かれている。
「ありがとうジョセフ。無理を言ってしまってごめんなさいね」
「いえいえ、滅相もございません。我々商売人はオリビア様のご尽力があるからこそこうして呑気に金儲けが出来ているんです。これくらい当然の恩返しでございます」
ジョセフと言う店主。
一見すると、謙った態度の様にも見えるけど、その実は軽口も言えるくらいにはクレアと懇意にしているのが窺える。
領主の娘に向かって金儲けの恩返しなどと言えるんだからね。
相手が相手なら逆鱗に触れたっておかしくないかもしれない。
それにしてもただの宝飾店かと思っていたら、意外にも珍しい品物まで扱っているんだね。
魔界、それもエルドネじゃあまず見ることのない魔道具まで陳列されている。
もしかしたらジョセフと言う男はかなりのやり手なのかも。
人間界のジグリビア領地では魔道具の開発が盛んだから、そこらへんに伝手か何かあるのかもね。
それだけを鑑みても、広く優秀な人脈を伸ばしているのが透けて見えた。
それからクレアとジョセフで軽い世間話をした後、その店を離れる事となった。
オリビナスの転移門をくぐらされて向かった次の場所は、何故か数日前から彼女が通い始めたエリート選抜校だった。
正式名称【魔王育成専門選抜校】。
エルドネ魔帝国とアッセム魔皇国が共同で運営する、2国からの選りすぐりしか入る事が出来ない学校である。
まだ歴史が浅いこの学校は、肥大し続けるジグリビアに対抗して作られた背景がある。
能力なんて高くて当たり前。
親が国の要職に就いている家系の子息、令嬢ばかりが集まっている。
それでも、クレアは頭一つ、二つは抜きんでている存在だけどね。
僕がここに進学したくなかったのは、こういう特色を持っているからってのもあるかな。
オリビア家は別として、貴族連中の相手なんてしたくないからね。
僕にいくらダレルさんの後ろ盾があろうと、家名がない時点で冷ややかな眼差しが向く事は避けられないからさ。
それはそうと、僕をこんな場所に連れて来てどうしようっていうのかな。
忘れ物でもしたんだろうか。
「こっちよネル。迷ったら危ないからちゃんと手、繋いでおくのよ」
「子供じゃないんだから、手なんか繋がなくったって……」
「今日は我がまま聞いてくれる約束でしょ?」
あれ?
そんな約束したっけ。
屋敷から引きずられてた時に、一方的にそんな事を宣言していたような気もするけど。
「ほら、手。ん」
「わ、わかったよ」
渋々だけど、せっかく久々に会ったんだし、少しくらいなら言う事聞いてあげよう。
クレアがこうして、僕とブラブラしているものだからてっきり今日は学校が休みかと思ってたんだけど。
どうやら、丁度今は登校時間らしく、学生の列ができていた。
「ねえクレア。今日って休みじゃなかったの?」
「休みよ」
「でも、みんな登校してるよ?」
「わたしは休みなの! もう、そんな事気にしないで、さ、こっちこっち」
いや、普通気にするでしょ。
まさか、僕の帰郷の日に合わせてわざわざ休んだっていうのか。
にも関わらず、こんなに堂々と、ここと無関係な僕を連れて闊歩してていいのかな。
なんだかさっきから、かなりの視線を集めてる気がするんだよね。
クレアは僕の手を握りながら、人ごみから遠ざかるように歩いて行く。
ほんの数分もしない内に、あたりには人気がなくなっていた。
良かった。
無闇に注目されるのは気持ち悪かったからね。
「さあ、着いたわよ」
「えっと、ここは何なの?」
名門と言うだけあって、選抜校の校舎は三棟に分かれていた。
しかし、目の前の建物はいかにも古びた造りで、教育とはあまりにも無関係、要は場違いな代物にしか見えない。
「ねえネル。まだあれ持ってるの?」
具体的な名詞は無いけど、そう聞かれて思いつく物はひとつしかない。
首から下げてシャツの中にしまっている物を取り出してクレアに見せた。
「これの事?」
「やっぱりずっと身に着けてるんだね」
取り出したのは、もう動かなくなった懐中時計。
身に着けている者の魔力を登録して稼働する、魔道具の一種だね。
そして、この針はもう動いていない。
時刻は7時丁度を指している。
「父さんの形見だからね」
「うん」
そう。
これは元々、僕の父さんが肌身離さず首から下げていた大切な時計。
母さんからの贈り物だったそうだよ。
僕もクレアも小さかったから、父さんと母さんの思い出はあまり覚えていないんだ。
だから、せめてこの懐中時計だけはいつも一緒に身に着けていようと思ってね。
「じゃ、中に入ろっか」
「え? 入っていいの?」
その問いかけにクレアは答えなかったけど、クレアに続いて建物の中に入ると、ここがなんで場違いな空間なのかを理解した。
人間界にある教会のような内観。
その奥には墓石がいくつも置かれていた。
だから僕は、なんでクレアが急にこの時計の事を話題に出したのかに気付いた。
ここは父さんと母さんのお墓なんだね。
「今日はわたしの我がまま聞いてもらうんだからね」
今まで場所も知らなかったし、誘われてもずっと足が向かなかった。
出来るだけ、ダレルさんやクレアを悲しませたくなかったからさ。
きっと僕は、ここに来たら悲しくなって僕を愛してくれてる人を困惑させちゃうと思ってたんだ。
そうか。
そう言えば、いつかクレアと約束していたっけ。
『魔王として一人前になったら顔を出す』って。
だけど、いくら魔角を持とうが、思い出が薄かろうが、涙が止まらないんだ。
一人前になれば涙なんか流さずに、ダレルさんを、ソレイユさんを、そしてクレアを悲しませずに済むと思っていたのに。
駄目だね。
もう、前が見えないよ。
「馬鹿っ。いつまでわたしたちに気を遣ってるのよ。悲しかったら泣けばいいじゃない。わたしたちは家族でしょ?」
ありがとうクレア。
『ほんと、馬鹿ねあなたは』
ありがとうメリエス。
こうして僕は、自分でも思い出せないくらい以来の涙を流した。
優しく抱いてくれたクレア。
暖かく見守ってくれたメリエス。
父さん、母さん。
僕は今泣いているけど、とっても幸せだからね。
いつもお読みくださってありがとうございます。




