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Fランク魔王と魔眼メリエス  作者: はかまだ
一章 【独立】
22/40

20話 帰郷

 長かったような短かったような。そんな1ヶ月が過ぎた。

 こんなにも長くネルと離れ離れの生活を送ったのは初めてなのだから、彼女にとって今日という日がどれだけ特別かは言わずとも知れる。


 朝5時に目覚めたクレアは、ろくに睡眠が出来ないほどにこの日を待ちわびていた。


 紅をささずとも真っ赤に映える唇のせいで、寝不足の顔色が余計に悪く見える。


「やっとこの日が来たんだから、少し大人になったって思わせないと」


 選抜校に進学して2週間。

 入学式の前に見たネルの変化と成長。

 今まで知らなかった彼の能力と、こめかみから伸びる魔角。


 ウジウジと悲しんでばかりいた自分を思い出して焦ってしまう。


 本気ではなかったとは言え、あのグレンを黙らせたのだ。

 更にライバルだったレイミーともう1人を配下に加えていた。


 どちらかと言えば後者がその焦りの大きな要因である。


 では、なぜにその配下の存在で心が(ざわ)めくのか。


 クレアは自覚したのだ。

 この1ヶ月の生活で、その焦りの大元には恋焦がれる本心が隠されていた事に。


 ネルと離れていた2週間は、何をするにもうわの空。


 伝令役を任せたグレンにクレアを同行させたのは、そんな傷心した娘を見兼ねたからだった。

 大事な入学式の前であれ、腑抜けたクレアの目を覚ます事が出来るのはネルしかいないと。


 そしてそれはまさしく功を奏した。

 父ダレルも、母ソレイユも、本人が押しとどめていた恋心など、とうに気付いていたのだから。


 魔王として着実に階段を登るネルを目の当たりにした。

 そのお陰で自分の心と向きあう事が出来、抑圧された本心が溢れ出る。


 ダレルの目論見以上、目を覚ますと言うよりも覚醒に近かった。

 以前には感じなかった、魔王としての迫力を放つようになったのだ。


 そんな娘の姿を見てダレルは再認識する。


「やはりクレアにはネルが必要なのだ」と。



 そんな事など露知らず、ネルの到着予定時刻までを逆算してクレアは動き出す。


 まずは湯に浸かり、血色の悪くなった顔を元に戻す。

 そして、覚えたての化粧をし、眠れなかった原因、迷いに迷った純白のワンピースに着替える。


 ほんのり火照ってピンク色になった肩を露出する代わり、スカート丈は控えめに膝下。

 それでも、肌に吸い付くようなシルクの生地が、嫌がおうにもクレアの艶を演出していた。


 そんなクレアの様相は朝食を囲むドレスコードとして、オリビア家の一般的な範疇を超えるものではない。


 慌ただしくも、刻一刻と時計の針は進んでいく。

 気が付けば、待ちに待った念願の時間まであと数分と迫っている。

 

 それを確認したクレアの胸が、早鐘を打つように高鳴っていく。


 そしてついに、来訪を告げるベルが屋敷に鳴り響いた。


「来たっ! チェルシーどう? おかしくない?」

「はいっ。クレア様の美貌はエルドネ、いえ、魔界で一番にございます!」


 オリビア家に仕えるメイド長の一人娘であるチェルシーが、クレア専属のメイドを担っている。

 チェルシーはクレアと歳も近く、ネルと同様に幼いころから一緒に過ごしている。

 クレアにとって家族同然の気の置けない間柄であった。

 髪が銀色なのとクレアよりも華奢な体つき以外、この2人はほとんど瓜二つと言っていい。


 ネルが旅立った悲しみを一番側で慰めていたのがチェルシーであり、クレアの心の内を最も深く覗いているのも彼女であった。


 そして今日という日の喜びを分かち合うのも一緒である。

 朝も早くからてんやわんやの騒動に、オリビア家の住人は微笑ましく頬が緩む。


 ネルの帰郷だけでも喜ばしいと言うのに、それに輪をかけるようにクレアの笑みが眩しいのだから、家中にそれが伝播したのだ。




 ◆




 久々の屋敷を前にして、こんなにも緊張するとは思わなかったよ。

 たった1ヶ月離れていただけで、毎日見ていたこの屋敷がこんなにも大きいと思えたのも意外だった。


 いや、「大きい」と思える方が一般的なんだよね。

 地上3階地下1階の造りで、敷地は僕の拠点より広いんだからさ。


 これが大きくなくて何が大きいと言えるのか。


 となると、僕のその感覚はこの屋敷を離れるまで麻痺していたって事だね。

 慣れって言うのは怖いや。


 ただ、僕の後ろで怯えている2人の小動物魔王にはいち早く慣れてもらわないと。


 緊張しながらもそんな呑気な事を考えていたら、開かれた扉の両脇にメイドがズラッと並んで出迎えてくれた。

 慣れ親しんだ我が家のはずなのに、僕はどこか客としてここを訪れたような、そんな感覚。


 そしてその列の先には、真っ白な服に身を包んだクレアが待っていた。


 ピシッと一礼するメイドを横目に、クレアの前へと進んでいく。


「おかえりなさいネル」


 満面の笑みって言うのはこの事を言うんだろうね。

 だからクレアが、心から僕の帰りを喜んでくれているのがはっきりと分かった。


 純粋にそう思ってくれるのは素直に嬉しいよね。

 だけど間近で見るクレアの雰囲気に、なぜか僕は圧倒されてしまった。


 グレンさんと一緒に人間界で会ったのが2週間前だよね。

 あの時のクレアとは何かが違う。


 纏っているオーラみたいなものがより一層輝いている様に見えた。

 何よりもこの短期間でさらに美しくなったのだから、僕はたまらずに息を飲んでしまった。


「どうしたのネル?」

「い、いや……クレア凄く綺麗になったなって、驚いちゃったよ」


 たまに意地悪でそんな気障(きざ)な台詞を言ったりしてたけど、今のその言葉は正真正銘の本心だからね。

 だから真っ赤になったクレアを見て、少しだけ困惑しちゃったよ。


「も、もうっ、そうやってお世辞がうまくなったのは魔角を持った余裕なの?」

「いやいや、本当にそう思っただけだよ」


 まさかこんな形で出鼻を挫かれるなんて。


 クレアは満足気にニコっと笑うと、僕の右腕に抱きつくような姿勢でダイニングへ引っ張っていく。


「そう、なら許してあげる」


 そう言うクレアだけど、いったい僕の何を許してくれたのかさっぱりだった。


 それにしても今日は一段と密着度が高くないかな。

 久々に会うから、寂しかった反動なんだろうか。


 それはそうと、巻き込んだ形になってしまった僕の配下が心配になった。

 肩越しに後ろを見やると、案の定レイミーとサリーの表情が強張っている。

 今日一日の辛抱だから、なんとか乗り切ってほしい所だね。




 クレアに誘われるがままダイニングへ入ると、そこには既にダレルさんとソレイユさんが待ってくれていた。

 僕に気付くと揃って立ち上がり、駆け寄ってくる。


「おおっネル! 待っていたぞ。元気そうで何よりだし、まさかこんな短期間で魔角を持つとは、やはり実力を偽っておったな? この偽りのFランクめ」

「お帰りなさいネル」


 ダレルさんもソレイユさんもクレア同様、心の底から僕の帰りを喜んでくれている。


 良かった。

 僕の顔を見て、この2人がこうやって笑ってくれていれば僕は間違えない。


 だからこの先も、この笑顔を曇らせないようにしないとね。


 なんて感傷に浸るのは程々でいいかな。


 偽りって言うワードが出たと言う事は、きっとダレルさんなりに探りを入れているんだろうね。

 魔眼メリエスの事はグレンさんから聞いているだろうし、出来れば真っ先にそこに触れたいのを我慢しているかもしれない。


「再会そうそう手厳しいですねダレルさん。それでは僕が偽った成果を是非受け取ってください」


 魔導書(ブック)を開き、収納されている大袋をダイニングテーブルの脇にドサリと置いた。


「ん? ネル、これはなんだ?」

「この1ヶ月の間、僕はこうしてオリビア家へと戻るまでのノルマを設定していました。そのひとつがこの魔角です。そして、もうひとつはこの袋の中身なんですよ」


 そう言って僕は、袋の口紐を解いて中身が分かるように開いて見せた。


「ほう、これは凄い数の生命の泉ではないか。これをネルが回収したと言うのか?」

「はい。手始めの手土産にしては充分ではないかと思いこの数を目標に掲げてみました。それに僕には優秀な配下が2人も加わってくれましたからね。AランクとBランクを配下に持つFランクなんて恵まれ過ぎて扱いに困りますけどね」


 何て言っているのは、ダレルさんへの紹介がてら、彼女たちの緊張を少しでもほぐそうとした僕の気遣いなんだけど。

 なかなかどうして、僕はクレアのように気遣いが上手くなかった事に気が付いた。


 ジロっと睨むような、品定めするようなダレルさんの双眸がレイミーとサリーに向けられる。

 すると2人は揃って、額に玉のような汗を噴き出して恐縮してしまった。


 でも大丈夫だよ。

 

「レ、レイミー・アレクセンで、ご、ございます。初めましてオリビア卿」

「……サリー・テンデル、であります……よろしくでございますオリビア卿」


 レイミーはダレルさんのはるか頭上を、サリーは自分の足元を見ながら怯えた声で自己紹介を告げる。


 ダレルさんは僕の横を通りすぎ、後ろに控えるように立っていた2人の目前まで近寄る。

 それぞれの顔を覗き込む様に眺めた。


 そんな中、クレアがまた僕の腕に絡みついて密着する。


「まったく、お父様ったら悪戯好きなんだから」


 クレアの言う通りだね。

 まあ何というか、これはダレル・オリビアに一目置かれる通過儀礼のようなものなんだよ。


 初めて会う身内(・・)には、いつもこうだ。


 とは言え、緊張が最高潮に高まった僕の配下2人は我慢の限界に近い。

 唇はへの字に固く結ばれ、今にも泣きそうになっている。


 そんな2人を見て、ダレルさんも頃合いの見切りを付けたみたいだね。


 くっついて直立するレイミーとサリーを、突然両手にガバっと抱きかかえた。

 心臓が跳ねるのを表すように、2人の体もビクっと跳ねる。


「ようこそ我がオリビア邸へ。そうか、お主らが我が息子を支えてくれたのか。そうかそうか、これからはわたしの事を父と思って接してくれると嬉しい。驚かせてすまなかったな、わっははははは!」


 ダレルさんはそう言うと、2人の目尻に垂れる雫を丁寧に拭ってみせた。

 そして、改めて包み込む様に抱きしめたのだった。


 きっとレイミーもサリーも、ダレルさんが怒ってる様に見えたんだろうね。

 まあ、これはダレルさんのいつもの悪癖なんだけどね。


 この光景を何度見た事か。


 そもそも「身内に甘い」って言う評判は、身内であるほど身に染みている事なんだ。

 他所が思っている以上に、ダレルさんは仲間に、身内に優しいからね。


 僕の配下である2人が手厚い歓迎をされないはずがないんだよ。


「さあ、席に座ると良い。朝食をいただこうじゃないか」


 こうしてレイミーとサリーの肝を冷やす一幕があったものの、ようやく朝食がテーブルに並べられる事となった。


 話題の中心は意外にも、レイミーとサリーが僕の配下に加わった時の事だったんだけど、なんか恥ずかしいから適当に聞き流していた。


「それでダレル様っ! このネルはどこまでお人よしなんだと、わたしは思ったのでありますよ!」

「は、はい。サリーさんの仰る通りです。冷酷なようで暖かい人なんですよねネルさんは」


 既に馴染んだのか、サリーは興奮気味にダレルさんへと熱く語る。

 つられたレイミーも、語気を強めて褒めちぎるもんだから、むず痒くなっちゃうよ。


「ふんっ、あなた達はまだまだネルがどんな性格かわかってないわよ。ずっと一緒にいたわたししか知らない事なんていっぱいあるんだからね!」


 意気揚々と話すサリーに対抗するように、今度はクレアまで熱くなりかけている。


 ふとダレルさんを見ると、穏やかな笑みを浮かべながら、それはそれは楽しそうに食が進んでいるようだった。


 そんな久しぶりの食卓に癒されていると、ダイニングの扉が勢いよく開け放たれた。


「すみません旦那様、火急の用件がございます」


 息を切らせて現れたのはグレンさんだった。


「どうしたのだグレン。久々に会う息子との食事すら楽しめない程の事か?」

「い、いえ、旦那様に、と言うよりネルへの用件なんですよ」


 それを聞いたダレルさんは、我が事の様に顔を険しくさせて立ち上がる。


「なんだ? 言ってみろ!」

「機甲国家に忍ばさていた暗部からさきほど魔書が届いたんですが、どうやらあいつらネルの遺跡に急襲をかけたそうなんです」


 僕としては想定内。

 ああやっぱり、あそこの国はあの遺跡を放っておけなかったみたいだね。


 呑気にスープを口に運びながら、どこか他人事のようにその報告を聞いていた。

 だけど、ダレルさんはそうもいかなかったみたいだね。


 まさに悪鬼。憤怒の形相で顔を真っ赤にさせて、怒りを顕わにする。


「一家団らんを邪魔しおってっ! グレンっ、即刻ネルの遺跡へと出向いて皆殺しにして来い。そのまま機甲国家も落として参れ!」


 ちょ、ちょっとダレルさん。

 やりすぎですって。


 さすがにそこまでされてしまうと僕の計画が狂ってしまう。

 この勢いじゃ本当に皆殺しにされちゃうよ。


「ダレルさん落ち着いてください。大丈夫です、僕の遺跡は攻略される事はありませんから」


 そう言った僕を見るや、少し落ち着きを取り戻してくれたようだ。


「何故だネル? こうして配下ともども戦力はここに集まっていると言うのに、遺跡の守護は疎かではないと言うのか?」

「はい、問題ありません。ですからお気になさらず。グレンさんもご報告ありがとうございました」


 うん。

 万が一にも、僕たちの分身体が敗れるなんて事はないはず。


 フォーレンからまさか全軍が出て来る事なんて皆無だし、精々が少数精鋭ってところだろうしね。


 だけど、この自信ある言葉でついにダレルさんの興味が僕の右眼に向いてしまったみたいだ。


「うむ、ではネルの言葉を信じる事にしよう」

「ありがとうございます」

「その代わり教えてもらうぞ。その魔眼について」


 いつかはこの時が来るんだ。

 そのいつかが今って事だね。


『そう言う訳だから』

『何がそう言う訳なのかしら? うふふ。でも、そろそろダレルにも教えておいた方がいいかも知れないわね』

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