16話 魔改造
昨日に引き続き今日も快晴。
この時期の風はカラっとしていて、肌を撫でられるととても気持ちが良い。
選抜校の入学式を明日に控えたクレアは、きっと今日一日を使って着る服に悩むんだろうなぁ。
世話係の皆が忙しそうに走り回るのが目に浮かぶようだね。
この空を見上げていたら、ついそんな感傷めいた想いが駆け巡った。
「お、おいネル。いったい外に出て何をすると言うのだ? 空なんか見上げてないで早く教えて欲しいぞ」
焦らされるのが苦手なサリーは、もう少しこらえ性というものを身に着けて欲しいね。
それに、こうやって空を見上げて季節を感じる余裕くらい持たないと。
と言うのは少し身勝手だね。
ここへ連れ出したのは僕なんだから。
「ごめんごめん。じゃあ、まずは2人の魔術をおさらいしとこうか」
もちろんこれじゃあ、2人の欲しがっている答えにはなっていない。
「な、なんだか全然関係ない展開になってませんかね?」
「そうなのだ! さっきのわたし達の疑問に答えて欲しいのだ!」
2人がそう言うのも無理はないか。
魔術の確認と、必要とされた理由をこの時点で結びつけろって言うには無理があるもんね。
「まあ騙されたと思って少し僕に付き合ってよ」
だけど、まだ答えを示す段階じゃない。
「わかりました。きっとこれは必要な事なんですよね?」
「もちろん。これが終わったらきっと分かってくれると思うんだ」
背が低いと言う点のみ共通してる2人は、対照的な容姿を向き合わせて頷き合う。
「えっと、確かレイミーの魔術は【二元竜】だったね」
「はい。炎と風の二元属性を混ぜ合わせる魔術です」
属性系統の魔術は、炎、風、氷、地と言う四つの属性魔法を操る特性を持っているんだ。
単純ではあるけど、だからこそ攻撃力に優れた能力だから、魔王にとって属性系統の魔術は人気が高い。
そしてこの【二元竜】は、単一属性でしか放てない属性魔法をミックスする能力だね。
炎属性と風属性を合わせたレイミーの魔法は凄まじく強力だ。
更に、レイミーが生み出す魔物は翼竜種に偏る事になる。
魔王の使い魔は魔術の特性を大きく受け継いでくるから、彼女のそれは炎と風の属性を持つ竜が多い。
「じゃ、次はサリーだね」
「さすが属性系の魔術はえげつないのだな……で、わたしは前にも言ったが【変異魔形】と言う操作系統の魔術だな」
本来の使い方は、使い魔の形を自在に変形させる魔術らしいんだけど、瞬間的な状況下であれば自身が纏う魔力を変質する事も可能なのだとか。
一瞬の跳躍とかにも使えるんだね。
実はこの魔術こそ、僕が施す【魔改造】に是非加えたい能力だったんだ。
おさらいが終わった所で、次の段階へと移る事にしよう。
「うんうん。2人とも素晴らしい魔術だよ。じゃあ次は、自分の手持ちで一番強い、最も信頼してる使い魔を召喚してくれないかな」
未だ彼女たちの求める答えには行きつかない。
だけど、次第に僕がやろうとしてる事に興味が湧いてきたのか、成り行きに任せ僕の指示をすんなり受け入れるようになった。
「わたしはフレイムドラゴンですね」
「うっ……そんな魔物出されたらわたしのほうは出しにくくなるじゃないかぁ」
2人は魔導書を起動し、それぞれの使い魔を召喚した。
目の前にはAランクのフレイムドラゴンと、Bランクのシザースコーピオンが現れた。
フレイムドラゴンはその名の通り、火炎竜とも呼ばれる煮えたぎるように赤い竜だね。
シザースコーピオンは、両手と尻尾に大きなハサミを持つサソリのような魔物。
サリーはきっとあれだね、ヘヴィマンティスといい、シザースコーピオンといい、刃物系の魔物を気に入ってるのかもしれないね。
ともあれ、これで準備は整った。
「じゃあこれから2人の使い魔を【魔改造】するね」
ようやく僕が何をするかを明かした訳だけど、そもそも魔改造とはなんぞやって事だね。
そんな事言われたって、結局2人は再び怪訝な顔をするしかなくなる。
「魔改造、ですか?」
「な、なんなのだっ、そのかっこよさそうな改造はぁぁ!」
とにかく論より証拠。
まずは僕の右眼に紫の炎を点す。
あらかじめ用意しておいた【生命の泉】を50個地面にばら撒き、カタパルトスライムとゴーレムゴブリンを召喚。
クボタが残した遺跡の死体から、【生命の泉】は僕がきっちりと回収しておいた。
これは、魔改造に必要な触媒となる。
そしてズボンのポケットから手のひらサイズの手鏡を取り出す。
「じゃあ始めるよ。2人ともそこに並んでてくれる? あまり動かないでくれると助かるかな」
僕から見て、左からレイミー、フレイムドラゴン、サリー、シザースコーピオンと並ぶ。
『準備はいいかなメリエス』
『いいわよ。サリーの魔術情報もちゃんと見えてる』
じゃ魔改造を始めようか。
紫の炎は【転生眼】を発動している証。
今までは、リックの肉体を『消滅』させ、サリーの肉体を『再生』させてきた。
でも、この眼が出来る事はそれだけじゃないんだ。
別々の生体情報から、個別の情報をひとつにまとめる『合成』。
さらに、その情報の中にある潜在能力情報を拡張させ『進化』させる事が可能なんだ。
本来はここまでを魔改造と呼んでいたんだけど、今はサリーが持つ【変異魔形】があるからね。
魔改造と同時に、その姿形を変える事も可能なはずだ。
『生体情報の全解析終わったわ』
じゃあまずは、フレイムドラゴンからだね。
サリーの胸の傷を癒し蘇生した時と同様に、【拡張】と【魔動】で仮想体を作りあげる。
そこへ今度は、カタパルトスライムの全情報と、サリーの魔術【変異魔形】の情報を転位させる。
そして僕の右眼のすぐ先に取り出しておいた手鏡をかざす。
これはメリエスが持つ【魔素吸引】の情報をコピー転位させる為。
鏡の中に映る情報を読み取っていく。
ここまでが【合成】の手順となる。
最後の仕上げとして、レイミーの理想容姿と脳の情報もコピーし、フレイムドラゴンの潜在能力を拡張させて【進化】の課程も修了。
『さすがにここまで作業が増えると疲れるね』
『まったくね。いったいいくつの生体情報から転位させてるのかしらね』
正解は5つだね。
メリエスの魔素吸引、サリーの変異魔形、レイミーの理想像と脳情報、カタパルトスライムの全情報、そしてフレイムドラゴンの全情報かな。
『情報の固着は出来た?』
『完了ね。これでネルが追い求めていた理想の魔改造が完成したんじゃないかしら』
微動だにしない僕の事を、レイミーとサリーは固唾を飲んで見守っている様子。
そんな2人の間に挟まれた、フレイムドラゴンの体から眩い光が放たれる。
「ど、どうしたんでしょうか……フレイムドラゴンの体がどんどん小さく、い、いえ……これってもしかして人の形、ですか?」
「んなっ! な、なんなのだこれは! 竜が人になっていくぞ!」
徐々にその姿を変えていくフレイムドラゴン。
しかも、その知識、知能指数はレイミーと同様のものだ。
驚愕に口を開け放っている2人を置いて、続けざまにシザースコーピオンも同じように魔改造していく。
こちらと合成させる魔物はゴーレムゴブリンってだけで、他の手順はフレイムドラゴンと同じ。
脳情報と理想容姿情報はもちろんサリーからコピーする。
こうして、出来上がった行き過ぎとも言える魔改造は無事に成功を収める事が出来た。
『お疲れメリエス』
『それにしても、なんだか姉妹みたいな2組になっちゃったわねぇ』
それもそうか。
レイミーとサリーが思い浮かべる理想の形。
それを反映しているのだから、こうなるのも頷ける。
「こ、この姿は本来のわたしのようじゃないですか!」
「わ、わたしのほうも完璧な見た目だぞ! これが本当にシザースコーピオンなのか?」
未だ何が起きたか解かってないだろうけど、簡単な説明だけはしてあげた。
とにかく今目の前にいる大きなレイミーと大きなサリーが元々は自分が召喚した使い魔って事だけは理解したようだ。
「よ、よろしくお願いしますご主人様」
「素晴らしき肉体を授けてくれて嬉しいなぁ!」
目を白黒させている2人のチビッコ魔王の隣には、瓜二つに変身したそれぞれの使い魔が並んでいる。
ただし、そのスタイルには大きな隔たりがあった。
どちらもスラっとした細身のスレンダーな体型で、それぞれ背が10センチほど高い。
そんな容姿の変化に加え、この魔改造した使い魔達は今までとは比較にならない程に強くなっている。
「この2体の使い魔はもちろんレイミーとサリーの物だからね」
「こ、これがわたしの使い魔……ですか」
「だ、だがネルよ。シザースコーピオンが持っていたかっこいい大バサミが消えてしまったじゃないか」
「それは大丈夫。だって【変異魔形】があるからね」
そう言うと、赤髪で背の高い元シザースコーピオンが右手をハサミに変形させた。
「うぉぉぉっ、なんなのだこれぇぇ。どうやったのだ! そもそも魔改造って言うのはなんなのだ?」
そして、今度は元フレイムドラゴンが右手を前にかざし、手のひらから大きな火の玉を発射させる。
「ひ、ひぃっ! ま、まるで口から炎を吐き出した時のような威力です……」
さあ、興奮冷めやらぬといった2人だけど、そろそろ話を元に戻そうか。
魔改造の仕組みについては、今度ゆっくりと教えてあげよう。
「レイミーにサリー。ここまで付き合ってくれてありがとう。要は僕が見せたかったのはこの2体の魔改造した使い魔なんだよ」
すると、真剣みを帯びた僕の言葉に、2人も元々のきっかけとなった疑問へと立ち返ったようだ。
「えっと、どう言う事ですか?」
確かにそれだけじゃ分からないよね。
「そもそも、2人は大事な使い魔を僕の好きなように魔改造させてくれた。要は僕を信じてくれているって事だよね」
「そう言えばそうですね。ネルさんにならこの命を魔改造されても大丈夫です」
「魔改造なんてかっこいい事やるなら、使い魔なんて好きにしてくれていいのだ。その代りかっこよくして欲しいけどな!」
ここまで引っ張て来て悪いけど、実は答えなんて簡単なんだよ。
もちろん、彼女たちの能力とランクと使い魔は僕にとっておあつらえ向きなんだけどさ。
「そもそもレイミーは、無条件で僕の傘下に入ったよね?」
「はい、そうですね」
「君の能力を当てにしていない訳じゃ無いけど、それ以前に君が無条件で僕の傘下に入ったのなら、僕が君を必要とする理由はそれだけで充分なんだよ」
「え?」
「僕はダレル・オリビアの背中を見て育ってきたからね。オリビア派閥の結束力を知らない訳じゃないよね?」
「は、はい。それはもう、オリビア家当主は身内には甘く優しく、それ以外は全てが敵って言うのは有名ですね」
「その通り。だからね、レイミーが無条件で僕の身内になった時点で、僕が君を必要とする理由は満たしてるんだ」
そう言うと、ようやく理解したのか「あっ」と言う声を漏らした。
これはサリーも同じように納得したようだ。
しかし、まだサリーの疑問が残っている。
「じゃ、じゃあわたしはどうなんだ? リックを殺し、わたしを助けた理由はなんなのだ?」
「それも簡単だよ。結果的にどうこうって事は問題じゃないんだ。サリーは僕が君を助けたって言うけど、むしろ先に僕たちを助けようとしたのは君なんだよ?」
「んあ? な、何を言っているのだ?」
思い出して欲しいな。
クボタに苦戦していた最中、僕が現れた時の事を。
「クボタとの戦いで消耗していたにも関わらず、その危険を真っ先に教えてくれたのはサリーじゃないか。結果はどうであれ、君は僕たちを助けようとした。
そんなサリーを助けようって気持ちになるのがそんなに不思議な事なの?」
これを聞いたサリーもレイミーと同じく「あっ……」と声が漏れ、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「レイミーは僕に命を預けてくれた。サリーは知りもしない僕の事を助けようとしてくれた。僕にとったら、君たちを必要とする理由はそれだけで充分なんだよ。優秀な能力もそのひとつではあるけどね」
うん。
これで納得してくれたと思う。
いくら凄い能力を持っていたって、まずは心を通わせないと僕の身内にする事はできない。
だってそうでしょ?
気に入らない魔王がすり寄ってきたら、話す気にもならないよ。
それこそさっさと【生命の泉】に変えてしまったほうがいいからね。
「ネルさん……ありがとうございます」
「あ、ありがとうネル」
感激に包まれているようなレイミーと、どこか恥ずかし気に上目で見上げて来るサリー。
これで僕は少しだけ、彼女たちの信頼を得られたかもしれないね。
はてさて、オリビア家に強制召喚されてる事はいつ話そうかな。
『もう少しそのままにしておいてあげなさいな』
『だよねぇ』
こうやって少しずつ仲間と戦力を増やし、いつかはダレルさんのような魔王になれたらいいな。
※10/25 誤字というか、誤表記を修正しました。
「オリビア家当主は身内に厳しく」
となっていたのは誤りで、本来は
「身内に甘く優しい」と言うのが正解です。
前後の文章とつじつまが合わないミスで申し訳ありませんでした。