4.決意と不安
冬弥はいつものように、夢を見た。
一つ目の夢は学校の昼休み。いつもと同じように原口と共に食事をしていると、またも滝橋がやってくる。
「今日は結構いい面子じゃない」
滝橋は感嘆の声を漏らした。
夢の中の昼食は、カレーパンと大きなチョコパン。両者とも購買の中では人気の物で、急行しなければ売り切れる品物だ。
言いながら滝橋は冬弥の前に座り、弁当を広げる。少しだけ差し障りの無い会話をした後、滝橋は急に問い掛けた。
「文化祭の資材調達の手伝いをして欲しいの。新城君は今の所ほとんど文化祭に参加していない以上、そのくらいは良いでしょ?」
それが理由とでもいう風に、彼女は提案する。
現在の冬弥は夢と理解しながら、自分がどう返答するのか推移を見守る。
「いいよ」
やがて夢の中の冬弥は、承諾した。
夢が切り替わる。二つ目の予知夢。全く別の日らしく、冬弥は灰色のパーカーにジーンズを履いていた。場所は高校の駅前。資材を買いに行く日なのだろう。
「や、お待たせ」
声がして振り返る。首を向けるとギンガムチェックのシャツにチノパンという出で立ちの滝橋の姿。
「色気がないな」
なんとなく、率直な感想を述べてみる。
「別にスカートで来ても良かったんだけどね」
滝橋は即座に、含みを持たせた笑みを冬弥に向ける。
「いいの? そうすると荷物持たないよ? ヒラヒラして危ないし」
「ああ、なるほどね」
荷物を持つ前提の格好なわけだ。それならば納得できる。
「まあいいよ。で、まずはどこに行くんだ?」
「まずはこっちから」
滝橋はメモを取り出し、案内を始める。事前に計画は整っているのか、特に迷いなく進んでいく――
そこで、夢から覚めた。
「……仕事を請けるか、請けないか、か」
天井を見上げ、冬弥は呟いた。少しして上体を起こし、息をつく。
「いつかはわからないが……今日の話かもしれないな」
となれば、結論は午前中に出さなければいけない。冬弥は面倒だなと思いつつ、浮かんだ感想を呟いた。
「というか、何で俺に?」
しかし結論は出ない。一つ目の夢では文化祭に参加していないからという、もっともな理由はあった。だが、根拠として弱い気もする。
「七海関連かな」
理由と相まって、七海を通して関わりがあるため依頼したのかもしれない。
あるいは――冬弥は思考を中断した。気でもあるのかと一瞬考えたが、やめた。無意味極まりない。何しろ、自分には予知夢がある。伝染する可能性だってゼロではないし、近しい場所にいれば彼女を巻き込む可能性がある。
(結局は、そこに行き着くのだろうな)
関わりのある七海と二人でいるからこそ、予知夢の対象は二人だけに絞られていると、冬弥は考えている。
定義で言えば近しい両親は予知夢の犠牲者と言えるかもしれない。だが、そこは致し方ないと割り切っている。何も知らない両親がこんな風に考えていると知ったら怒るかもしれないが、どうしようもない。
「どうするかな」
ふう、と息をつき思案する。
賛同すれば滝橋と買い物に行くのは確定だ。しかし、もし断っても再度要求してくる可能性がある。押しの強い性格であるのは少ない付き合いでも把握できている。さらなるアプローチがあるかもしれない。
今回のような予定が決められたケースの場合、一度否定したとしても別の日に同じような行動をすれば、二つ目の夢が成就すると経験上知っている。今回のように文化祭までという期限つきであるならば、おそらく文化祭前までに承諾すれば、成就するだろう。一度でも首を縦に振れば二つ目の夢は現実となるはずだ。
(しょうがないか)
七海の友人に関わることだ。変に角が立つのもまずい。そう思いベッドの上で冬弥は決意した。
気持ちを切り替えて時計を見る。起床時刻だったので、ベッドを離れ支度を始めた。それから朝食を食べ、家を出る。
同じタイミングで、隣の家から七海が出てくる。挨拶を交わした後、駅までの道のりを歩き始める。
「……ねえ」
道中、七海は声を掛けてきた。夢の内容を尋ねているのだろう。けど、深く追求してこない。これには理由があった。
予知夢の選択は冬弥がするのか、それとも七海がするのか決まっていた。時には二人で決める場合もあったが、どちらか片方が判断する場合は、選択する側の一存で予知夢を成就させるかを判断する。ルールとして明示しているわけではないが、これは暗黙の了解となっていた。
前回の予知夢は冬弥の選択。今回もそうだ。もし言いたくないなら冬弥はどんな選択をするのか言わなくてもいい。
しかし、冬弥は七海に反応し口を開いた。
「滝橋さんが主張したなら、こっちが首を縦に振るまで延々頼み続けるんじゃないか?」
それが答えといって良かった。七海は申し訳なさそうな表情で、冬弥に応じる。
「もし冬弥が嫌なら、私が話しをしてもいいけど」
「いや、変に波風立てない方が良い」
予知夢の存在をあまり公にしたくないので、変に七海が出張るのも危ない。彼女は「ごめんね」と謝り、何も言わなくなった。
ふと、冬弥は疑問がよぎる。なぜ七海がすまなそうにするのか。
「別に謝らなくてもいいんだぞ? 七海の友人の頼みなんだから受けるのは当然だろ」
そんな言葉が口をついて出た。なんだか冬弥自身も意外だった。
「……そう」
七海はなおも煮え切らない様子。しかし、言及は無かった。
後は他愛のない話をしながら駅に着き、電車に乗り高校のある駅で降りる。少しずつ秋色に染まりつつある学校前の坂は、少しずつだが茜色になりつつある。
「あと半年で三年か」
なんとなく冬弥は呟いた。横で歩く七海は、肩を僅かに動かして反応する。
「何かある?」
「受験だよ。いよいよ話しに上るようにもなった。肩が重くなるな」
「それはどっちの意味で?」
「予知夢の方」
――浪人など様々な可能性がある大学受験は、望みの大学に行ける点を考慮に入れればメリットがありそうな気はする。だが、予知夢は万能ではない。例えば元々勉強ができていなければ、絶対に東大に入学するような予知夢は現れない。つまりは、現実的にあり得る可能性を提示しているだけで、荒唐無稽な展開を出すわけではない。
そこが、冬弥にとって苛立ちを覚える点でもある。自分の限界をまざまざと見せつけられる。予知夢はそんな性質も併せ持っている。
「そうだね」
同意する七海。冬弥は表情を窺った。
愁いを帯びた顔を見て、やはり自分と同じように呪縛されているのだと、改めて理解する。
(解放しなければ)
そういう感情が、頭に流れる。
もしかすると、例えば今回滝橋と深く接するようになって、七海との予知夢が減るかもしれない――けれど、別に人に移っただけで、根本的な解決には至っていない。
だからこそ、冬弥は悩む。予知夢が伝染することなく、解放できる方法を。
「冬弥?」
問われて、冬弥はすぐに首を振った。
「ああ、ごめん。考え事」
適当に答えると、心配そうな顔をする七海がいた。冬弥は「大丈夫だよ」と言いながら、前を向く。
気取られてはいけない。解放なんて言葉、七海に言ったら叩かれるはずだ。
(ずっと二人で戦ってきたのに、今更逃げろって言うの?)
そんな声が聞こえてきそうだ。
変わった信頼関係で結ばれてきた二人だが、予知夢から逃げ出す選択はしなかった。逃げるというのがどういう意味合いなのかわからないという、しょうもない理由もあったりするが、いつか完全に解決したいという二人の願いが、そうさせている。
(そうだな、これは俺の中だけの考えだ)
七海をいつか予知夢から脱してあげたい。冬弥はそれが、七海に対しできる唯一のプレゼントだと思っていた。
なぜそんな風に感じるのか――冬弥はふと、昨日七海が談笑していた昼休みを思い起こす。
それが、理由だった。頭の端で彼女達が会話する光景を思い出し、改めて言った。
「話を戻すけど、ひとまず誘いには承諾するぞ?」
冬弥が発言すると、七海は頷く。何か気にしている素振りではあったが、口を挟むようなことはしなかった。
それから適当に喋り、学校に到着する。冬弥は今日来るかもしれない滝橋の誘いを思い出しながら、不思議そうに笑った。
(未来の話を思い出すなんて、ずいぶんと滑稽な話だな)
今更ながら思う。だがこれがある種当たり前のようにもなっている。冬弥は怪しまれないように笑みを消しつつ、下駄箱にあるスリッパを手に取った。
* * *
七海にとって予知夢を否定するのは、冬弥に嫌われないようするためであり、いつも機械的に応じている。同時に見せる複雑な表情は、本音を悟られないようにする意味合いがあった。
なぜそうするようになったか――中学時代冬弥が予知夢を忌み嫌っていたのを見てだ。だから賛同するようにしてきた。
本心は、予知夢を手放したくないと思っていても。
自分はどこまでも嘘をついてばかりだ――七海はいつも思う。冬弥に嫌われないように本心を隠し予知夢を否定する。友人達には自分の恋愛感情を悟られないよう、笑顔の仮面で黙殺する。気が付けば嘘にまみれて生きている。同時に、気の休まる時が無い。
もし休まる場所があるとすれば、予知夢の話題をせず、冬弥の隣にいる時。
(馬鹿みたいだ)
昼休みになり、一人で食事をしながら胸の内で思う。
予知夢が二人を繋ぐものだというのに、無い時しか心休まらない。矛盾している。けれど、そういう道筋を選んできたのは、自分なのだ。
「今日は結構いい面子じゃない」
横手から、声が聞こえた。夢で聞き覚えのある理衣の声音。
七海は今日、その会話を聞くために友人達との食事を断っていた。無論、首は向けず耳だけ傾ける。周囲に怪しまれないよう、次の古文で行われる単語テストのテキストを開き、勉強しているふりをする。
「まあな。今日は運が良かったんだよ」
冬弥が答える。隣に座る原口の「だから機嫌が少しいい」という言葉に、理衣は笑う。
「ここ、いい?」
そして問う。見なくてもわかっている。彼女は冬弥と相対するように座り、弁当を広げる。いつものように。
(……いつも?)
心のどこかで引っ掛かり、七海は胸中呟く。同時に、肌が粟立つのを自覚する。
高校一年の時から、理衣が冬弥と話すのを七海は見たことがある。だからこそ、慣れていて気が付かなかった。いつもだと自分が認識しているという事実は、それだけ理衣が冬弥の所へ通い詰めている話にならないか。
「で、何の用だ?」
ぶっきらぼうに、さっさと会話を引き出すため冬弥が問う。
声を聞いて、少し安堵した。予知夢の事柄であるため、やや不機嫌になっているのはわかる。だが、彼は理衣に対しそれほど強い感情を抱いている様子は無い。
「急に不機嫌になったな」
原口が横槍を入れる。すると、理衣が笑い声を上げた。
「原口君。いつものことじゃない」
「そうだけどさ、もう少し愛想よくしろよ」
「今日は嫌に突っかかるな」
冬弥が言うと、一瞬の間があった。ほんの少し、椅子の動く音がしたので、七海は見ないながら原口がこちらに視線をやったのだろうと、半ば理解した。
「そういう態度を改めないと、女の子は逃げていくぞ?」
「わかったよ」
冬弥の声に、七海はしっしと手を振る様子を想像する。
「で、滝橋さん。改めて訊くけど、なんの用?」
「頼み事が」
理衣は前置きをした後、語り始める。
「文化祭の資材調達の手伝いをして欲しいの。新城君は現在ほとんど文化祭に参加していない以上、そのくらいは良いでしょ?」
沈黙が生じた。七海は横を見たい欲求を必死に抑えながら、状況を思い浮かべる。
きっと、冬弥と理衣が目を合わせているのだろう。原口はどう展開していくか様子を見守っているはず。
「文化祭までの準備だって、クラス皆でやらないと」
「訊きたいんだが、俺があまり参加していないという事項以外に、理由はあるのか?」
「ううん、ない」
きっぱりと。七海は吹き出しそうになった。
「まあ、七海の知り合いだから、頼みやすいというのが少なからずあるけど」
「そうか」
再び沈黙。七海はついに目をやった。
視線を交え机越しに対峙する冬弥と理衣。そして、付き合いきれないとばかりにそそくさと引き上げようとする原口の姿。
「いいよ」
冬弥の言葉は、原口が椅子を戻した時に告げられた。理衣は「そう」とだけ呟いて、制服のポケットから一枚のメモを取り出す。
「はい、この時間この場所に集合」
「手際が良いな」
「集合場所決定とかをグダグダしてたら、逃げられるじゃない」
「違いない」
冬弥は僅かに笑みを見せながら、メモに目を落とした。
七海はそこで視線を戻し、単語帳に視線を向ける。頭に入ってなどいない。心ではひたすら、二人の会話だけに注意を向ける。
「駅前か。商店街で資材を調達するのか?」
「文化祭の準備ですっていうと、少しオマケしてくれるか、割引してくれるらしいよ」
「初耳だな」
「学校がお願いしているというわけでもないし、この季節特有の風物詩かもね。もしかすると一般解放されるから、宣伝の意味合いかも」
「確かにそうかもな……わかった。土曜午前九時。駅で集合だな」
「頼んだよ」
それ以後、会話が無くなった。一瞬覗き見ると、二人とも黙って食事をしていた。
七海は誰にも見咎められない程度に小さくため息をついて、単語帳を見入る。
(杞憂、なんだよね)
そうであって欲しい。でも心は警告音を発している。
理衣は、思ったよりも冬弥に近づいているのかもしれない。これは二つのことを意味している。一つは彼女が何かしら冬弥に対し感情を持っている可能性があること。そして二つ目は、このまま冬弥に近づけば、彼女が予知夢に強い関わりを持つ可能性があること。
七海にとっては、前者の懸念が非常に強い。だが冬弥は後者だろう。冬弥は予知夢の伝染を恐れて人を近づけようとしない。これは予知夢に対し強い恐怖を抱いているが故の行いなのは、七海も知っている。
だから、難しいよ――一つ目の懸念を、そう誤魔化してみる。自分が何か言うべきなのかもしれない。だが、友人達から見る自身の立ち位置では、深く追求することはできない。それをすれば「ほらやっぱり」と始終に広まり、最悪冬弥の耳に入ることになる。
冬弥に問われれば、否定できる自信がなかった――いや、違う。冬弥本人へ否定の言葉を告げるのは、到底耐えられなかった。
(雁字搦めだ)
苦笑する。だがこれこそ自分が辿って来た道。七海は自嘲的な心の言葉を飲み込み、これからを考える。
まさか二人を尾行するわけにもいかない。というよりそんな発想が出る時点でアウトな気がする。ここは冬弥に多少言い含めておくのが最適だろう。
「お、頑張るね」
そこへ、ひょっこりと理衣が七海を覗き見た。思わず声が出そうになって、慌てて口を塞く。
「な、何?」
「いや、様子を見に来ただけ……そんなに驚かないでよ」
困惑しつつ理衣は言う。
手には弁当袋を下げているため、食事を終えたのだろう。体感的にずいぶん早いと思ったのだが、時計を見ると予鈴十分前だった。思考に没頭し、時間が経過していたらしい。
「大丈夫?」
「あ、うん。ごめん」
七海は頷き、弁当を見る。無意識の内に全部食べ終えていた。遅れて感じた満腹感に内心戸惑いつつ、まずは弁当箱をしまう。
「で、何?」
「うん。昨日言った通り新城君をお借りするわけだけど」
「語弊があるよ、その言い方」
「そう?」
窺うように、聞き返してくる。対して七海はお得意の笑みで応じた。仮面を被って、何も答えない。
「……はあ、その笑顔を見ると何も言えなくなるのよね」
どこかあきらめた声で、理衣は肩を落とす。
「まあいいか。それでさ、実を言うと七海に水を向けたのは、別に冬弥と関わりがあるだけじゃないのよ」
「私も、手伝えってこと?」
「まあね。七海が昨日言ったようにテストも近いでしょ? だから得心の知れた人じゃないと応じてくれないのよ」
なら何で冬弥を――とは訊かなかった。疑念がさらに強くなる。理衣にとっては、冬弥は得心の知れた相手だという意味合いに聞こえる。
だが、七海の違和感に対し、理衣は明確な根拠を語った。
「で、七海も誘うから荷物運びに彼を招集したわけ」
「ああ、なるほど」
腑に落ちた。つまり、元々こちらに手伝いをさせようとしていて、ペアとなる冬弥も誘ったわけだ。
「だったら、始めから私に頼めばいいじゃない」
「いや、新城君から誘ったら、七海が動揺するかと思って……」
聞くと、七海は理衣にわかるようにため息をついた。結局の所早合点しただけで、からかわれていたらしい。
(馬鹿みたい)
胸中呟く。そういえば、こういう事態は何度もあった。
冬弥との関係性を面白がって干渉してくる。意思表明をしないのが根本的な原因なのだが、だからといって語ることはできない。予知夢という他人から見れば異常極まりない壁が存在している以上、心の中に進入されるべきではない。
「……頼みは引き受けるから、面倒なことはしないで」
「面倒? それはどういう意味?」
理衣の問いに七海は笑みを向けた。どうとでも取れる態度だが、理衣はなぜかがっくりと肩を落とす。
「わかった、ごめん。だけど承諾されたから新城君と買い物に行くよ」
「どうぞ」
丁寧に返すと、すごすごと理衣は引き下がった。
見送りながら、七海は思い過ごしなのか再考する。
結果、違和感を覚えた。なぜだろうか。
(――冬弥)
ふいに、そちらへ意識が向いた。見ると、パンの袋を片付け単語帳を眺める冬弥の姿。今回の件に対し、にべもなく頷いた。そこが理由かもしれない。
なぜ今回は――疑念が生まれる。何度も請われるだろうからというのが、朝語っていた冬弥の根拠。けれど本当にそれだけなのか。本当はもっと別の理由があるのではないか。
(いや、あり得ない)
かぶりを振る。冬弥に恋愛的な感情が芽生えていることの方が、これまでの経験から非現実的であると思う。
しかし、不安は消えない。シーソーが動くように、二つの考えがひっきりなしに上がっては消える。疑心暗鬼となる。
(どこまで進んでも、答えの無い問題か)
やがて、どこかあきらめたように頭の中で結論を出した。その時、予鈴が鳴る。七海は気を紛らわそうと、チャイムを期に単語帳に目を向けようとする。
(多分、私は一人で踊っているだけなんだろうな)
その寸前、心が勝手に言葉を出した。
一人で推測して墓穴を掘りそうになり、必死に思い留めどうにか誤魔化すという繰り返し。だがそれは、冬弥との関係が変わっていないことを証明する根拠でもあった。繰り返す以上、停滞しているのは間違いない。
維持と停滞を望んでいる七海にとって、変化は何よりも恐れるもの。だからこそ必死に留めようと冬弥には予知夢に関する嘘を、友人達には仮面を使ってきた。もし二つが破綻した時こそ、関係が崩壊するだろう。
けれど、その推測自体間違いなのだろうか。自分がそう思っているだけなのだろうか。
袋小路の感情を七海は押し殺し、無理矢理頭の片隅へ追いやった。考えるのをよそう。思考がネガティブになっている。一度冷静になれば手元にある情報だけで、何かしら結論が出るかもしれない。
やがて本鈴が鳴る。先生が現れて授業が始まる。予告通り単語テストの用紙を配り始め、行き渡った後速やかにスタートした。
答案を埋めながら、七海は結論を一つ出す。冬弥はきっと迷惑にならないよう、理衣の頼みを請け、理衣は自分を単にからかう気だった。それで相違ないだろう。
変化は、結局ない。だが本当にそうなのか――延々と繰り返される泥沼のような思考を抑え、七海は授業に没頭していった。




