2.解放の意志
冬弥にとって予知夢は当たり前のことであったが、それが特別であると察したのは、小学生高学年に入った時だ。自分の思ったように色々と世界を変えることができる。小学生の頃は、そんな風に思っていた。
それを共有するのが幼馴染である七海。自然と共に行動するようになった。予知夢の内容を話し合い、どのように対処するのかもきちんと決めた。小さい頃からの蓄積を経て二人は夢のルールを理解していたし、高校生である現在は阿吽の呼吸で処理をしている。
夢は必ず二つ見る。一つ目の夢で見た内容に準ずる行為をすれば、必ず二つ目の夢が成就する。
少し細かく言えば、一つ目は必ずそのままの行動をしなくてもいい。朝の夢だって電柱にぶつかるかぶつからないかで決まっていたが、例えば頭を電柱以外の場所で強打しても、同じことが起こっていたはず。それを経験の上で冬弥も把握できている。要は一つ目の夢で未来を選択するかしないか――たったそれだけの、シンプルな内容だ。
そして単純な予知夢は、時に牙を剥いた。無知だった小学生の時に、身を以て知らされた。小学五年生の時だ。
ある日、冬弥はいつものように夢を見た。その日友人の多くと図書室へ行くか行かないかという選択肢が出た。もし行った場合、とある学校で制服を着た七海が、校門前で手を振る――そういう夢だった。
冬弥と七海はさしたる考えも無く、夢通り誘われ図書室へ行った。ただそれだけだった。どういう呼び水になったのかは、冬弥にもわからない。
やがて小学六年生になり、冬弥は私立中学の受験を受けることになった。だが第一志望で落ち、第二志望で落ち、最終的に第三志望の私立へ行くことになった。
忘れもしない入学式。その中学には七海も入学していた。登校している時、腐れ縁程度にしか考えていなかったその事実は、校門前で小学五年の時見た光景をまざまざと見せつけられ、大きく変わった。笑っていた七海の表情が夢を思い出し一変し、冬弥もまた驚愕し表情をひきつらせた。
あんな小さな出来事で、運命を決められてしまうのか。最も望んだ中学に行けなかった予知夢の存在は、冬弥の心に深く傷跡を残した。
その日から、冬弥の戦いが始まった。予知夢を打破するため、試行錯誤を繰り返した。だがどれほど拒否しようとも、一つ目に受理した未来は必ず成就した。善悪問わず全てそうなった。やがて冬弥は予知夢を怖がるようになる。高校受験の時も、同じような結末が待っているのか。それは冬弥にとって、恐怖以外何物でもなかった。
受験といった大きなイベントについては、複数夢を見る。一日目とある高校の入学が決まる夢を見たかと思うと、翌日には別の高校に入学する夢。それが幾度となく繰り返され、やがて冬弥も一つを選びだした。本当は自分の力で入学したかった。傍から見れば、誰にも頼らず冬弥は高校受験を行い合格したのだが、予知夢の範疇である以上、決して自分の力ではないと、冬弥は思っている。
これに合わせ、冬弥は七海を憎んだことがあった。原因は明白で、どの予知夢も彼女が大きく関わっていたからだ。
一度は本気で縁を切ろうとした。予知夢が憎くて、共有する七海と離れれば解決すると思った時もあった。だが喧嘩し二人が離れても、予知夢で出れば必ずどこかで遭遇する。七海は冬弥の憎しみに負けず、予知夢を打開しようと様々な提案をしてくる。そうした状況下で、冬弥はとうとう彼女と共に高校に進学する決断をした。
様々な経験が、予知夢に対する憎しみを増幅させる。ふとした折に七海に聞けば、冬弥と同じ考えだと話す。彼女もまた、呪縛に抗っている。普段はそうした色を見せず、明るく振る舞う七海――冬弥は自分と七海の呪われた境遇を解決しなければならないと意識しながらも、抵抗できない奔流に身を任せるしかなかった。
そして現在高校に入り、あきらめた。縛られた世界の中でもがくのをやめ、いつか予知夢が消えるのを願って、静観することにした。だから高校二年の十月にはどこか達観し、明確に未来の決まらない予知夢については、意固地にならないようにしていた。
だが同時に、ある決意を胸に秘めるようになった。
(解放、してやらないと)
自分ではなく、七海に対してだった。
高校に入ってもなお自分と共にいるという現状を、打開させなければならないような気がしていた。中学、高校と理由も話せず女房役を押し付けられた七海に対し、冬弥はどこか同情に近い感情を抱いていた。
(でもそれができる可能性は、限りなく低い)
焦燥感が募る。誰にでも好かれる七海は、予知夢の鎖さえ外せば、必ず巣立っていけるはずだった。
自分はもう予知夢の怨念に引きずりこまれ、感情も支配されつつある。ならば彼女だけでも――諦めと共に、そういう念をはっきりと抱き、冬弥は今日生きている。
「考え事か?」
何度やったかわからない決意をしていると、声がした。横手を向くと、隣の椅子を掴んで冬弥の机に横付けする男子生徒が一人。
「ああ、まあな」
冬弥は適当に応じつつ、購買で買ってきたパンを開ける。メロンパンだった。結局、出遅れた冬弥は残り物しかなかった。
「眉間にしわ寄せるのも大概にしろよ? 女子が逃げるぜ?」
「そうだな」
パンを一口かじると甘さが口中に広がる。対する相手は冬弥の机の上に弁当を広げた。
彼の名は原口猛。冬弥にとって数少ない友人であり、高校入学当初からの関係である。寡黙で友人をあまり作ろうとしない冬弥に対し原口は興味を抱いたらしく、よく話す相手となっていた。
「ああ、でもお前の場合は宮永さんがいるか」
茶化す原口に対し、冬弥は何も言わずパンをかじる。ふいに視線を斜め右に向けると、複数人の女子生徒と仲良く談笑する七海の姿があった。
遠目から見る七海は、掛け値なしに綺麗だと思う。実際原口から色々と聞かされている上、告白されたこともあるらしい。だが、彼女はそれを常に断って来た。原因は予知夢だろう――
「さみしい食事ね」
正面から声がした。見るとこちらに近づく女子生徒。七海と異なりウェーブがかった長髪の人物。完全な遺伝らしいのだが、よく頭髪検査に引っ掛かり、難儀していると聞いたことがある。
「何か用?」
その人物は七海の友人である滝橋理衣だった。
冬弥は登校時聞いた七海の話を思い出す。月末に行われる文化祭のまとめ役のような役割を、彼女は担っているはずだ。
「追い出されたの。代わりにここで食べさせて」
答える間もなく、彼女は冬弥の前の椅子を反転させ、どかっと座る。さばさばした性格で、女性受けするともっぱらの評判だったりする。
「追い出されたって、誰に?」
「あっち」
冬弥が問うと、滝橋は七海のいる場所を示した。あちらの席は完全に埋まっている。なるほど、あれじゃあどう考えても入れない。
「で、何でここに来るんだ?」
「七海から見張りを言い渡されまして」
おどけた仕草で、滝橋は敬礼する。冬弥は嘆息した。万事こんな調子なので、深く相手にしないようにしていた。
滝橋は七海にとって大親友、とまではいかないがかなり気心の知れた人物である。その縁で冬弥も高校一年の時から関わるようになった。正直な所面倒なのだが、七海の親友というポジションのせいで、深く拒否できずにいる。
そのせいか、何が言いたいか予測できるようになってしまうくらいには、理解できる相手となっている。
「相変わらずだな、滝橋」
苦笑しつつ原口が言う。滝橋は意を介さず弁当を広げ、食事を始めた。
「なあ滝橋」
原口が面白そうに尋ねる。一方の滝橋は何を訊くのか察したらしい。僅かに顔をしかめ、質問を待つ。
「たまに新城と弁当食うことがあるみたいだが、気でもあるのか?」
(それを俺のいる前で訊くのか?)
逆に冬弥が驚いてしまった。しかし、滝橋の反応もさっぱりとしていた。
「さあ、どうでしょうね。ただ、七海と話をしていて興味を持ったのは事実」
含んだ笑みを、冬弥に向ける。好意があるような素振りに見える。しかし、冬弥は別のことを思い立った。
何か知っているのだろうか――考えたが、まさか七海が話しているわけでもないだろう。しかし彼女は冬弥と七海の関係を、友人や恋人とは少し異なるように見えているのかもしれない。
「興味、ねえ」
楽しげに、原口は呟いた。冬弥は彼の視線を無視し、メロンパンをたいらげる。食べ終わった後はもう一つ買ってきたジャムパンを手に取り、包装を開ける。
「……俺から話すことは、何も無いよ」
食べる直前、滝橋に言う。
だが彼女の笑みは消えない。冬弥はこれ以上会話を続けても無駄だと判断し、パンをかじった。無視するに限る――それが最終結論。しかしそう至ったのは、滝橋の言動以外に理由はある。
冬弥は現状をどこか、次のイベントである大学までの通過点であるように考えていた。予知夢が全てを決め、それに従い入学する。大学に入れば次は就職活動だろう。目の前の二人の人物も、高校を出れば疎遠となる。なら無駄な交友関係は避けた方がいい。情が移るし、何より二人に予知夢が伝染するかもしれない。
「そうかなぁ」
滝橋は言う。無言で食べ進める冬弥。視線も合わせないよう机を見ながら食事を続ける。その間にも彼女の視線を感じる。その時、
「何か、隠してない?」
声が発せられた。冬弥は咀嚼を中断し顔を上げた。そこには弁当のおかずを食べる滝橋の姿。
「……何が?」
逆に問う。だが彼女は「さあ」と答えた。カマをかけているのだろうか。
(いや、もしかしたら)
予知夢に関する会話をどこかで耳にしたのだろうか。目を細め滝橋を眺めていると、椅子を動かす音が教室に響いた。見ると、七海の座る一団の内、二人が席を立っていた。
「お、いなくなった。じゃあ私は行くよ」
滝橋も気付いて、唐突に告げた。ひどくあっさりした口調。彼女は驚くほどの速さで弁当を畳み、席を立った。呆然と見送る冬弥。そして原口は、苦笑した。
「お前、からかわれているんじゃないのか?」
冗談めかしく言う。冬弥はそれに頷く他なかった。
(なんだかな)
胸中呟きながら思考をまとめる。七海と友人関係なのだから、こちらに興味を持つ程度は至極当たり前かもしれない。さらに寡黙な自分に、悪戯気分で会話したのかもしれない。
「ああいう手合いは、無視するに限るな。俺は嫌いじゃないけど」
原口が言う。冬弥は内心同意しつつ沈黙した。
しばらくして原口は食べ終わり、「じゃあな」と言い残し席を離れた。その時には冬弥も食事を終え、一人になる時間ができた。
視線を巡らせると、七海は相変わらず談笑している。滝橋も交え、楽しそうに。自分とは、大違いに。
(解放、してやらないと)
半ば無意識に、その言葉を頭に浮かべた。予知夢によって未来を決められた境遇。それは時折、友人関係が変化するという部分にも関わってくる。絶交などという悲惨なケースはなかったが、予知夢を通じて疎遠となったことは、幾度となくある。
(犠牲になるのは俺だけで十分だ)
冬弥は改めて考えると、残りの休み時間を机に突っ伏して寝る時間に当てた。




