第5話『女神イリシア』
第5話『女神イリシア』
「……起きてください」
遠くから女性の声が聞こえた。
光哲はゆっくりと目を開いた。
視界いっぱいに広がっていたのは、白だった。
製鉄所の天井はない。
壁もなく、床がどこまで続くのかも分からない。
それなのに、身体を起こすことはできた。
息もできるし、動かなかった腕まで思いどおりに上がる。
胸や腹を触ってみる。
痛みも傷の感触もなかった。
「……病院ですか?」
「いいえ、違います」
即答したのは、少し離れたところに立つ女性だった。
長い髪に、白い衣服。
若く見えるのに、不思議と少女には見えない。
「じゃあ、ここはいったい……」
「少し、説明が難しい場所ですね」
光哲は最後の記憶をたどった。
金属の軋む音、走り去る高堂來斗の背中。
身体を襲った衝撃と、動かなくなった指。
そこから先は何も覚えていない。
助かったとは考えにくい。
「もしかして、俺は死んだんですか?」
「……随分と落ち着いて聞くのですね」
「最後の記憶があれですから、生きている方が不思議ですよ」
「黒木光哲。あなたの人生は終わりました」
そう告げられると、さすがに言葉が出なかった。
まだ試したいことも、知りたいことも山ほどあった。
死なずに済むなら、もちろんその方がよかった。
それでも、先に確かめたいことがあった。
「……高堂は、助かったんですか?」
「生きています」
光哲は長く息を吐いた。
あいつまで命を落としたわけではない。
胸のつかえが少し取れた。
「ところで、あなたは?」
「私はイリシア、あなたのいた世界とは異なる世界を管理する神の一柱です」
「……神様?」
「はい」
「本当に?」
「疑いますか?」
「普通は疑うでしょう」
イリシアは少し困ったように笑った。
その表情だけなら、ごく普通の女性に見える。
だが、死んだ自分がここにいる以上、常識を持ち出しても仕方がない。
「それで、神様が俺に何の用です?」
「あなたには、別の世界でもう一度生きてもらいます」
「……もう一度って、生まれ変わるということですか?」
「あなたの言葉でいうなら、転生ですね」
光哲は思わず黙り込んだ。
死んで神に会ったと思ったら、今度は異世界で人生をやり直すという。
「断ることはできるんですか?」
「断るなら本来の魂の循環へ戻るだけですから、無理強いはしません」
元の人生に戻れるわけではない。
それなら、まずは話を聞いてみよう。
「その世界って、どんなところなんです?」
「魔法と呼ばれる力があり、人間以外の種族も暮らしていて、国や文化もあなたのいた世界とはずいぶん違います」
「魔法……本当にあるんですか?」
「あります」
「どういう仕組みで使うんです?」
イリシアが言葉を止めた。
「転生するかどうかより、そちらが先に気になるのですか?」
「どんな人生になるかも気になりますけど、魔法が本当にあるなら仕組みを知りたいじゃないですか」
何を使い、どうやって目に見える現象を起こすのだろう。
考え始めると、疑問が次々に浮かんでくる。
「詳しいことは、その世界で学んでください」
「教えてくれないんですか?」
「最初から何もかも知っていては、つまらないでしょう?」
それもそうかと、光哲は頷いた。
まだ知らない世界に、魔法まであるという。
人生が終わった事実は変わらない。
けれど、知らない世界に何があるのか、知りたくもなっていた。




