第4話『最後の仕事』
第4話『最後の仕事』
かすかに混じっていた金属音が、突然甲高い音に変わった。
光哲が顔を上げると、設備の奥から今までにない振動が伝わってきた。
足元の床まで細かく揺れ、機械の唸り声に耳障りな響きが重なる。
停止の指示はすでに出しているが、巨大な設備はまだ動き続けていた。
光哲は一歩下がり、周囲を見渡した。
「全員、離れろ!」
近くの作業員たちが振り向き、通路の奥へ走り出す。
光哲も退避しようとした、そのときだった。
設備の横へ延びる通路で、人影が立ち止まっている。
高堂來斗だ。
來斗は少し先にいた作業員へ連絡を伝え、相手が離れるのを見届けたところだった。
その直後に大きな振動が走り、彼は思わず手すりを掴んだらしい。
「高堂! そこから離れろ!」
來斗がこちらを向いた。
しかし、足は動かない。
振動がますます強くなる中、設備の方を見上げたまま固まっていた。
聞こえていないのか、それとも突然のことで身体が動かないのか。
光哲はもう一度叫んだが、声は機械音に飲み込まれた。
通路もさっきまでは、普段どおりに使えていたはずだ。
今はもう、何が起きてもおかしくない。
「くそっ!」
光哲は通路を駆けた。
來斗まであと数歩というところで、頭上から何かが軋む音がした。
次の瞬間に何が起きるかなど、分かるはずもない。
ただ、目の前の若い作業員をこの場所から離さなければならなかった。
來斗の肩を掴み、作業員たちが退避した方へ身体を向ける。
「主任……!」
「走れ!」
光哲は來斗を力いっぱい押し出した。
來斗はよろめいて床に手をついたものの、すぐに立ち上がって走り出した。
その背中が離れていくのを見た直後、背後で何かが壊れる凄まじい音が響いた。
鋭い衝撃が身体を襲い、光哲の視界がぐるりと回る。
床に叩きつけられたところで、ようやく自分が吹き飛ばされたのだと分かった。
息を吸おうとしても、うまく空気が入ってこない。
腕を動かそうとしたが、指先にさえ力が入らなかった。
「主任! 黒木主任!」
耳鳴りの向こうから、何度も自分を呼ぶ声が聞こえる。
來斗の声だ。
声のする方へ顔を向けたかったが、首も動かない。
呼ぶ声が、さっきより近くなった気がした。
まさか、こちらへ戻ってきているのか。
(来るな、高堂……。まだ何が起こるか分からないんだぞ)
そう伝えようとしても、声が出なかった。
それでも、來斗が無事なのは分かった。
よかった。
そう思ってから、自分の身体がひどいことになっているのだと気づいた。
周囲で誰かが叫んでいる気配もするが、言葉までは聞き取れない。
目を開けているのも難しくなってきた。
「主任! 返事してください!」
そんなに叫ばなくても、聞こえている。
そう返してやりたいのに、身体は動かなかった。
ぼんやりと見上げた先には、製鉄所の高い天井があった。
新人の頃から何度も見てきた、見慣れた景色だ。
まさか最後までこれを見ることになるとは。
どうせなら、もう少し綺麗なものがよかったな。
自分でもくだらないと思うことが頭に浮かび、笑おうとしたが顔は動かなかった。
來斗の声が、もう一度だけ聞こえた。
生きている。
それなら、いい。
音が遠ざかり、天井の輪郭も闇に溶けていく。
そこで、黒木光哲の意識は途切れた。




