第3話『主任の目』
第3話『主任の目』
製鉄所の通路には、今日も途切れることなく機械音が響いていた。
黒木光哲は作業予定と設備の記録を照らし合わせながら、稼働中の機械へ目を向ける。
赤く熱せられた鋼材が形を変えていく光景は、何年見ても飽きない。
だが主任として見なければならないのは、金属だけではなかった。
作業員の動きや設備の状態、仕事が手順どおりに進んでいるかも気に掛ける。
「黒木主任、こっちの確認が終わりました」
高堂來斗が記録を持ってやってきた。
以前より書き込みが増えた記録に目を通すと、光哲は一つの欄を指した。
「ここは?」
「確認した範囲では問題ありません。まだ見てないところは、これからです」
「よし。見ていないなら、見ていないでいい。分からないまま済ませるなよ」
「はい!」
來斗は頷くと、別の記録を確かめに戻っていった。
來斗は以前よりも、自分が確かめたことをはっきり伝えるようになっていた。
見ていない部分まで大丈夫だと言われるより、その方がずっとありがたい。
主任だからといって、現場のすべてを一人で見られるわけではない。
◇
しばらくして、來斗がまた光哲を呼び止めた。
今度は手元の端末を見つめたまま、少し考え込んでいる。
「主任、この数値なんですけど……」
「どうした?」
「ここ10分くらい、少しずつ上がってるんです。まだ基準内なんですけど」
端末に並んだ記録は、確かに少しずつ上向いていた。
光哲は直前の値だけでなく、その前からの変化を追う。
來斗は上がり始めたところに印を付けていた。
そこまではほぼ横ばいなのに、ある時点から少しずつ数字が動いている。
多少のばらつきと言ってしまえば、それで済む程度の変化かもしれない。
しかし、変化した理由が分からなければ、今後も同じ状態が続く保証はなかった。
光哲は記録をもう一度確かめ、気になる箇所に指を置いた。
「前の工程は確かめたか?」
「はい。そっちは変わってません」
「ほかに何か変わったことは?」
「特には……」
「音はどうだ? いつもと違う音はしなかったか?」
來斗は顔を上げ、設備の方へ目を向けた。
機械の唸りが重なり合う中で、何かを思い出そうとしている。
「そういえば、一回だけ変な音がしたような……」
「どの辺りだ?」
「あっちの方です。でも、関係あるかどうかは……」
「分からないなら、確かめればいい」
光哲は端末を返し、動いている設備を通路から見上げた。
音と数値が関係しているとは限らない。
長く現場にいると、音や振動が少し違うだけで気になることもあるが、感覚だけで故障と決めるわけにはいかなかった。
しかし、数値にも音にも気になる点がある以上、確認せずに動かし続ける理由もない。
「念のため、止めて調べよう」
「でも主任、まだ基準値には達してませんよ?」
「基準内だからって、何が起きても大丈夫なわけじゃないだろ」
光哲は停止の指示を出すと、來斗へ向き直った。
「高堂、周りにも知らせてくれ。確認が終わるまでは設備に近づかせないように」
「分かりました!」
來斗が連絡へ向かうのを見届け、光哲はもう一度設備を見た。
停止の指示は出したが、機械はまだ動いている。
普段なら聞き慣れた音が、今日は妙に耳に残った。
その奥から、細い金属を引きずるような音がかすかに混じった。
光哲は眉をひそめた。




