第2話『鉄と向き合う日々』
第2話『鉄と向き合う日々』
製鉄所の検査場には、加工を終えた鋼材が順番に運び込まれていた。
黒木光哲は作業記録と現物を照らし合わせながら、一本ずつ仕上がりを確かめていく。
金属を扱う仕事には慣れているが、同じ手順を繰り返せばいつも同じ仕上がりになる、というほど単純な世界でもなかった。
「黒木主任、これを見てもらえますか」
声を掛けてきたのは高堂來斗だった。
以前、二つの試験片を手に硬さの違いを尋ねてきた若い作業員だ。
來斗が示した鋼材には、端に沿って細い筋が一本走っていた。
「傷か?」
「はい、寸法は問題ないんですけど、ほかのにも同じ筋があるんです」
「何本見つけた?」
「今のところ三本で、どれも同じ側です」
來斗は検査記録に印を付け、該当する鋼材を分けていた。
三本の間には傷のないものも混じっているらしく、記録にはその順番まで書き込まれている。
光哲は手袋越しに表面を確かめ、並べられた三本を見比べる。
深い傷ではないが、製品に残ってよいものかは別の話だった。
「ほかの部分は?」
「見た範囲では問題なくて、前の工程の記録にも傷は載っていませんでした」
「そこまで調べたのか、いいな」
「でも、どうして同じ所に付くのか分からなくて」
「なら、どこで付いたのかを先に確かめよう」
光哲は記録を開き、筋のある鋼材が通った時間と順番を追った。
來斗も隣から記録を指し、傷のないものとあるものを分けていく。
いくつかの可能性が浮かんだが、この段階で原因を一つに決めることはできない。
加工中に触れたのか、運ぶ途中で擦れたのか。
前の工程で見落としていた可能性だって、まだ消せない。
光哲は來斗の記録をもう一度確かめ、気になる箇所に指を置いた。
二人は担当者に声を掛け、工程をいったん止めて設備を点検してもらうことにした。
◇
設備が安全に停止したことを確かめてから、保全担当者と一緒に搬送部分を確認した。
その途中、鋼材の端を案内する部品に、不自然な擦れ跡が見つかった。
「あ、ここ……鋼材の傷と同じ高さですね」
「同じ高さだが、これだけで決まりとは言えないぞ」
担当者が接触していた箇所を調べ、部品の位置を調整してから確認運転を行った。
その後に通した鋼材には、先ほどの筋は見当たらなかった。
光哲は新しい検査記録を確かめてから、ようやく頷いた。
「どうやらここが原因だったと考えてよさそうだな」
「最初は小さな傷だから、見逃すところでした」
「でも見つけて、ほかにもないか自分で確かめただろ?」
「それでも、主任なら最初から分かったんじゃないですか?」
「まさか、調べなきゃ俺にも分からんよ」
來斗が意外そうな顔をすると、光哲は笑った。
新人の頃には、何を見ればいいのかさえ分からないことがあった。
経験は積んだが、知らないことがなくなったわけではない。
「仕事って、覚えることが多いですね」
「多いから面白いんだよ」
「主任は、やっぱりそう言うと思いました」
來斗が笑って記録を閉じる。
光哲もつられて笑い、次の鋼材へ目を向けた。
目の前には、まだ確かめることがいくらでもあった。




