第39話『泣き声の理由』
第39話『泣き声の理由』
少し日が過ぎたある日、クロードは机に広げた『石の記録』を眺めていた。
灰色の石は約2目盛り、黒っぽい石は約3目盛り。
その隣には、次に調べたい石のための空いた場所がある。
ガラス容器は母が片づけてくれているので、今は木箱の石を見比べながら、何を調べようか考えていた。
すると、廊下の向こうから甲高い泣き声が聞こえた。
「……イリア?」
クロードは顔を上げた。
少し前に会ったときは、声を出したり手を動かしたりしていた妹だ。
今日はずいぶん大きな声で泣いている。
しばらく耳を澄ませたが、なかなか静かにならない。
クロードは石を木箱に戻すと、記録を机に置いたまま部屋を出た。
イリアのいる部屋へ行くと、エリスが妹を抱いていた。
小さな顔を赤くして、イリアはまだ泣いている。
「母さま、イリア、どうしたの?」
「それが、まだよく分からないのよ」
「どこか痛いの?」
「そうとは限らないわ。お腹が空いたのかもしれないし、眠いのかもしれないわね」
エリスはイリアの顔を覗き、服の襟元をそっと確かめた。
それから抱く向きを少し変えてみる。
けれど、イリアの泣き声はすぐには収まらなかった。
「母さまでも、分からないの?」
「ええ。いつもすぐ分かるわけじゃないのよ」
「毎日、一緒にいるのに?」
「毎日一緒にいるから、前より分かることもあるわ。でも、全部じゃないわね」
エリスは困ったように笑いながら、イリアの背中を優しくさすった。
クロードは母の手と妹の顔を交互に見た。
母が妹の泣き声を聞いて考えている姿は、少し意外だった。
「じゃあ、どうするの?」
「一つずつ確かめるの。服が気になるのかな、お腹が空いているのかなって」
「違ったら?」
「また別のことを考えるわ。すぐには分からなくて、困る日だってあるのよ」
そう言いながら、エリスはイリアを抱き直した。
クロードは小さな手が母の服のあたりで動くのを見ていた。
イリアは何かを言いたいのかもしれない。
けれど、まだ言葉にはできない。
「イリア、どうしたの?」
クロードも少し声を掛けてみた。
当然、答えの代わりに返ってきたのは泣き声だった。
思わず困った顔になると、エリスが笑った。
「クロードも心配なのね」
「だって、ずっと泣いてるから……」
「ありがとう。でも、無理に泣き止ませようとしなくていいのよ」
エリスは椅子に腰を下ろし、イリアを支えながらゆっくり背中を撫で続けた。
クロードも隣に立ち、しばらく妹の様子を見守った。
やがて泣き声の間が少しずつ長くなり、イリアは小さく息をついて母の腕の中に落ち着いた。
「あ、泣き止んだ」
「そうね。少し落ち着いたみたい」
「何が嫌だったのかな?」
「まだ、はっきりとは分からないわね」
エリスはそう答えて、イリアの顔を確かめた。
今は静かになったけれど、次に泣くときも同じ理由とは限らないのだろう。
クロードは妹の小さな手を見つめた。
石なら、水面の上がり方を比べたり、手に持って重さを確かめたりできる。
でも、イリアがどう感じているのかは、そう簡単には分からない。
「母さま、ぼくにも何かできる?」
「今みたいに様子を見に来てくれただけで嬉しいわ。ありがとう、クロード」
「……そっか」
クロードは少し照れくさくなった。
何か役に立つことをしなくてはと思っていたが、来てよかったらしい。
エリスの腕の中では、イリアがときどき口を動かしている。
「また泣いたら、見に来るね」
「ええ。でも、あなたが何かをしているときは、私に任せてくれてもいいのよ」
「うん。だけど、気になるから」
エリスが微笑んだ。
クロードはもう一度イリアの顔を見てから、自分の部屋へ戻ることにした。
机にはまだ、書きかけの『石の記録』がある。
次にどの石を比べようかという疑問も、消えてはいない。
けれど、またあんな泣き声が聞こえたら、クロードはきっと手を止めるだろう。
理由が分からなくても、妹の様子を見に行きたかった。




