第37話『新しい目盛り』
第37話『新しい目盛り』
工房を出てからも、クロードの頭には、職人と一緒に描き直したガラス容器の形が残っていた。
帰りの馬車では、膝の上で指を動かしながら、何本も並んだ目盛りを思い浮かべる。
石を沈めれば、水面が上がる。
今度は、その違いをもう少しはっきり確かめられるはずだった。
「母さま、早くできるといいね」
隣に座るエリスが微笑んだ。
「そうね。でも、職人さんが丁寧に作ってくださるんだから、楽しみに待ちましょう」
「うん!」
クロードは頷いたものの、屋敷の木箱に入れてある石のことを考えると、待つ時間まで長く感じられた。
◇
それからしばらく経ったある日、注文していたガラス容器が屋敷へ届いた。
エリスがテーブルに置いたそれを見て、クロードは思わず身を乗り出した。
「わあ! 本当にできた!」
透明な筒の側面には、何本もの横線が刻まれていた。
口は石を入れられる広さがあり、底は筒の部分よりも広く作られている。
最初に自分が描いた絵とは違うところもあったが、工房で話し合った形になっていた。
「きれいだね、母さま」
「ええ。上手に作ってくださったわね」
クロードは目盛りに顔を近づけた。
線は少しずつ太さが違い、間隔にもわずかなばらつきがある。
それでも、同じ容器で比べるための目印としては十分に使えそうだった。
「さっそく石を入れてみたい!」
「その前に、使う場所を整えましょうね。ガラスだから、無理に扱わないこと」
「うん。ちゃんと気をつける!」
クロードは木箱から石を二つ選び、『石の記録』と一緒にテーブルへ運んだ。
一つは灰色で、もう一つは黒っぽい石だ。
エリスが容器を安定した場所へ置き、水を注いでくれた。
「この線から始めたいんだ」
「ここね。もう少し入れる?」
「うん、少しだけ」
水面が目当ての線に重なると、クロードは横からじっと覗き込んだ。
今の位置を忘れないように、記録にも印をつける。
「じゃあ、こっちから!」
クロードが灰色の石を指さすと、エリスが石をゆっくり水へ沈めてくれた。
石が底に落ち着き、手が離れると、水面はさっきより高くなっていた。
「あっ、上がった!」
クロードは容器の横から目盛りを数えた。
「一つ、二つ……二本くらいだ!」
何度か顔を動かして確かめてから、急いで『石の記録』に書き加える。
今までも水面が上がることは見ていたが、こうして線を数えられるのは初めてだった。
「次は黒い方だね」
「ええ。でも、慌てないでね」
エリスに灰色の石を取り出してもらい、水面を最初の線に合わせ直す。
クロードはさっき記録した位置を確かめてから、黒っぽい石を手渡した。
同じようにゆっくり沈めてもらうと、水面はまた上がった。
「……あれ?」
クロードは目盛りを見直した。
「今度は三本くらいだ!」
先ほどよりも、一つ上の線まで水面が来ている。
クロードは二つの石とガラス容器を交互に見た。
「違うね!」
「本当ね。さっきの石より、水が高くなったわ」
「うん! ちゃんと違いが見えた!」
クロードは嬉しくなって、記録にもう一行書き足した。
同じ線から始めて、石を一つずつ入れる。
それだけで、前は目で見るしかなかった違いを残せるようになった。
ただ、目盛りは職人が手で刻んだものだし、水面が線のちょうど上に来るとも限らない。
これだけで石の正確な体積や種類が分かったわけではなかった。
「何か分かったの?」
エリスに尋ねられ、クロードは少し考えてから顔を上げた。
「うん。こっちの石の方が、水をいっぱい押し上げたんだ」
「それが分かって嬉しいのね」
「うん! 今度はほかの石も比べたい!」
エリスは木箱を見て、くすりと笑った。
「まずは、今の二つをきちんと記録してからね」
「あっ、そうだった!」
クロードは慌てて紙に向き直った。
灰色の石と黒っぽい石。
それぞれの欄に水面の上がり方を書き、もう一度見比べる。
木箱には、まだ調べていない石が残っていた。
新しい道具を手に入れたことで、今までとは違う比べ方ができるようになった。
クロードは目盛りのついたガラス容器を眺め、次はどの石を試そうかと考え始めていた。




