第32話『畑の向こう側』
第32話『畑の向こう側』
朝食の前、クロードは食堂から聞こえてきた父と母の声に足を止めた。
「南の畑は、今年はあまり良くないようだな」
「ええ。雨の降り方も良くなかったし、虫が増えた場所もあるそうよ」
「北はどうだ?」
「南ほどではないけれど、いつもより少ないみたい」
何が少ないのだろう。
クロードが顔を出すと、ガルディオがこちらを向いた。
「どうした?」
「畑で何かあったの?」
「作物の育ちが悪いのよ」
エリスが椅子を引いて、クロードをそばへ呼んだ。
土が悪いのか、雨や虫の影響なのか、まだ一つには絞れていないという。
「どんなふうに育ってないの?」
「背が低かったり、葉の色が悪かったりするそうよ」
「同じ畑でも?」
「ええ、全部が同じとは限らないわ」
話を聞くほど、実際の畑が気になってきた。
「ぼくも見てみたい」
「畑は仕事をする場所だぞ」
「邪魔はしないよ。どんなふうに違うのか知りたいんだ」
ガルディオは少し考えてから頷いた。
「一人で行くな。畑の者の言うことを聞け」
「うん!」
「私も一緒に行くわ。近くの畑なら見てこられるでしょう」
エリスがそう言うと、クロードはもう外へ向かいたくなった。
「まず朝食よ」
母に笑われ、クロードは食卓へ戻った。
◇
屋敷から少し歩いた先に、畑が広がっていた。
付き添いの使用人とともに歩くクロードには、遠目ではいつもと変わらない景色に見える。
けれど、エリスが畑仕事をしている人に声を掛け、許された場所から近づくと、違いが分かった。
隣り合う作物でも背丈が揃っておらず、葉が黄色っぽくなっているものもある。
「こっちは大きいのに、隣は小さいね」
「そうね」
「土が違うのかな?」
「それも調べているところよ」
クロードはしゃがみ、葉には触れずに足元を眺めた。
乾いた土、小さな虫、落ちた葉。
昨日と今日とで、どれほど変わるのだろう。
「毎日見ている人なら、違いが分かるのかな」
「農家の人たちは毎日見ているわ。でも、見ているからといって、何でも分かるわけではないでしょうね」
クロードは頷いた。
石も一度眺めただけでは正体が分からない。
それに、畑の人たちは違いを面白がるだけでは済まないのだ。
育ちが悪ければ、困る人がいる。
「もう少し見ていい?」
「作業の邪魔にならないところならね」
畑の端を歩いていると、今度は土の上に落ちた石が目に入った。
庭で拾う石より色が濃く、表面には細かな粒がある。
思わずしゃがんで拾い上げると、少し先にも似た石が転がっていた。
(あれも、同じ種類かな)
二つ並べてみたが、色も粒の大きさも少し違うように見える。
持ち帰って記録と比べたいものの、ここは誰かが働いている畑だ。
勝手に拾って帰るわけにはいかない。
そう考えて石を元の場所へ置こうとしたとき、後ろから声がした。
「何してるの?」
振り向くと、同じくらいの年頃の女の子が立っていた。
服の裾に土がつき、片手には小さな籠を持っている。
「石を見てたんだ。うちの庭にあるのと少し違うから」
「それなら、ここにいっぱいあるよ」
「ほんと?」
「うん。でも畑にあると邪魔だから、拾ってるの」
「邪魔なの?」
「こんなにあるから困るんだよ?」
クロードは石を見た。
女の子も、同じ石を見ている。
自分には面白いものでも、この子には片づけたいものらしい。
その違いが、何だか気になった。
「ぼく、クロード」
「ミーニャ」
名前を聞いたクロードは、手にした石をもう一度見た。
畑へ来るまで、こんな話をする相手に出会うとは思っていなかった。




