第27話『少しずつ変わる景色』
第27話『少しずつ変わる景色』
あの金具に触れた日から、クロードの毎日はまた少しずつ過ぎていった。
目を覚ませばエリスの声が聞こえ、腹が減れば食事をして、眠くなればいつの間にか目を閉じている。
その繰り返しの中で、身体の動かし方も少しずつ分かってきた。
寝返りを打つときに腕が下敷きになることは減ったし、敷物の上ではほんの少しなら前へ進める。
もっとも、動きたいと思った方向へ必ず進めるわけではなかった。
(頭では分かってるんだけどなあ)
手を先に出すと身体が傾き、脚に力を入れれば今度は腕がついてこない。
上手くいったと思っても、次に同じように動けるとは限らない。
それでも前よりできることが増えているのは、確かだった。
◇
ある日、エリスが部屋の床に敷物を広げた。
クロードはそこへ寝かせてもらうと、自分でうつ伏せになって顔を上げた。
いつもの部屋だ。
椅子も寝台も扉も、毎日のように見ている。
ただし、この高さからだと椅子の座面は見えず、脚の間にある床の方がよく見えた。
(上から見てたときとは、ずいぶん違うな)
エリスは少し離れたところで、畳んだ布を棚へ戻していた。
クロードはその姿を追いかけようとして、途中で別のものに目を留めた。
椅子の脚と脚の間に、細く明るい場所がある。
窓から入った光が、家具の下を通って床まで届いていたのだ。
いつも抱かれて見下ろしているときには、気にも留めなかった隙間だった。
もう少し横から見たら、どう見えるだろう。
クロードは手をつき、身体の向きを変えようとした。
片方の腕を動かすと、身体が斜めに傾く。
慌てて反対の手をついたが、今度は膝が思うように動かなかった。
(そっちじゃないって)
いったんお腹を敷物につけ、手の位置を近くへ戻す。
もう一度力を入れると、身体が少しだけ横を向いた。
たったそれだけで、椅子の脚の重なり方が変わった。
さっきは隠れていた床の一部が見え、細い光も先ほどとは違う形に見える。
(おお、こっちからだと見えるんだ)
思わず声が漏れた。
「あぅ!」
布を片づけていたエリスが振り向く。
「あら、今度はそっちを見ているの?」
クロードが顔を上げると、エリスは笑いながらそばへ来た。
その足元を見るためにさらに向きを変えようとしたが、腕に力が入らない。
頭が少しずつ下がってしまう。
「ふふ、疲れたかしら。少し休みましょうね」
エリスがクロードを抱き上げた。
部屋の景色がふわりと持ち上がり、さっきまで大きく見えていた椅子の脚が下へ遠ざかる。
今度は座面も見えるし、床の敷物もひと目で見渡せた。
けれど、椅子の下にあった細い光は、この高さでは見えにくい。
(同じ部屋なのに、見えるものが違うんだな)
自分で動ける距離は、まだほんのわずかだ。
それでも、少し向きを変えただけで知らなかった景色が現れた。
クロードはエリスの肩越しに敷物を眺めながら、次はどちらを向いてみようかと考えていた。




