第26話『指先に伝わるもの』
第26話『指先に伝わるもの』
クラリッサと別れたあとも、クロードはエリスの腕の中で廊下を眺めていた。
さっきまで聞こえていたブラインたちの声は、もう遠くなっている。
エリスが廊下の先で足を止めたとき、視界の端に小さな光が入った。
扉の取っ手だ。
緩やかに曲がった金属の持ち手と、根元にある丸い板のような部分。
以前見かけた金具によく似ている。
(あれだ。前は見るだけだったんだよな)
あのときは近くで眺めることさえ難しく、手を伸ばしても届かなかった。
今は布を掴めるし、木の玩具なら表面を指でなぞることもできる。
それでも、取っ手まではまだ遠かった。
クロードが腕を持ち上げると、小さな手が空中で揺れた。
もう少し伸ばしたくて身体まで傾けようとしたところで、エリスが気づく。
「あら、どうしたの?」
クロードは取っ手から目を離さず、もう一度手を伸ばした。
「あー」
「……これが気になるの?」
エリスが視線の先を確かめて、少し笑った。
「前にも見たがっていたわね」
覚えていてくれたらしい。
クロードが声を上げると、エリスは扉を開けるのをやめた。
腕の中のクロードを抱き直し、背中と腰を支えながらゆっくり膝を曲げる。
扉を動かさないまま、取っ手の根元にある丸い部分へクロードの手が近づいた。
「ここなら、ちょっとだけね」
指先が丸い金属の板に触れた。
(……冷たい)
思っていたより、はっきりとした感触だった。
木の玩具も硬かったが、触れた瞬間にこんな冷たさは感じなかった。
ほんの少し指をずらすと、滑らかな表面が皮膚をかすめる。
けれど思うように動かせず、指が途中で丸まってしまった。
もう一度なぞろうとしても、今度はうまく当たらない。
(そうか。まだ指一本ずつは難しいんだった)
前世では、金属の表面に触れることなど日常だった。
手触りを確かめ、傷や仕上がりの違いがないかを見ることも珍しくなかった。
それが今は、ただ触れただけでこんなに嬉しい。
自分の小さな手が少しおかしくて、クロードは口を開いた。
「あぅ」
「ふふ、そんなに面白い?」
面白い。
それは間違いない。
けれど、まだ何も分かっていない。
冷たさや滑らかさを感じても、どんな金属なのかまでは分からないし、どうやってこの形にしたのかも見当をつける材料が足りない。
表面を磨いたのか、使われるうちに滑らかになったのかさえ、今は確かめようがなかった。
それでも、前に見たときより知っていることが一つ増えた。
「そろそろ扉を開けるわよ」
エリスがそっと身体を起こすと、指先は金具から離れた。
取っ手がまた遠くなる。
クロードは名残惜しくなって、もう一度手を伸ばしてみる。
「あー!」
「そんなに気に入ったの?」
エリスは優しく笑い、クロードを抱え直してから扉を開けた。
扉が開くにつれ、さっきまで触れていた金具が視界から外れていく。
クロードは開いていく扉を目で追いかけた。
(気に入ったというか、まだ知りたいんだよ)
次に触れるときは、もう少し指が自由に動くだろうか。
そのときは違う場所も確かめてみたい。
エリスの腕の中で、クロードはもう見えなくなった金具の冷たさを思い返していた。




