第25話『帰ってきた息子』
第25話『帰ってきた息子』
ブラインが部屋を出てからも、クロードはしばらく扉の方を見ていた。
会ったばかりの長兄は、アルトともザナンとも違う雰囲気を持っていた。
王都の学校というところで、普段は何をしているのだろう。
気になることはいくつもあるが、今の身体では聞くこともできない。
エリスが敷物の上にあった木の玩具を脇へ寄せた。
「クロード、少し歩きましょうか」
抱き上げられると、いつもより高いところに部屋が広がった。
エリスはクロードをしっかり支えながら廊下へ出る。
窓から明るい光が差し込み、床には長い影が伸びていた。
その先から、聞き覚えのある声がした。
「母上、荷物はちゃんと片づけますよ」
「そう言うなら、少し休んでからでもいいでしょう?」
「先に休んだら、動くのが面倒になりそうで」
「あら。自分のことはよく分かっているのね」
「それ、褒めてます?」
「どうかしら」
(母上?)
声の方を見ると、先ほど部屋を出たブラインが女性と向かい合っていた。
落ち着いた声の女性は、笑いを含んだ目でブラインを見ている。
ブラインも困ったような顔をしながら、少し楽しそうだった。
「あら、クラリッサ。ブラインもここにいたのね」
「エリス。クロードとお散歩?」
「ええ。少し部屋を出てみようと思って」
クラリッサと呼ばれた女性が、エリスの腕の中へ視線を向けた。
クロードも顔を動かし、その人を見上げる。
「こんにちは、クロード」
柔らかな声だった。
知らない顔なので、ついじっと見つめてしまう。
女性はそんなクロードの様子を見て、穏やかに笑った。
「ずいぶん周りが気になるようになったのね」
「そうなの。最近は抱いていても、あちこち見ようとするのよ」
「それは、見たいものがたくさんあるのね」
(そうなんだよ。まだ知らないものばかりだからな)
もちろん、その言葉が口から出るはずもない。
小さく声を漏らすと、クラリッサが目を細めた。
「あら、お返事かしら」
クラリッサはエリスと顔を見合わせて笑った。
ブラインはその様子を見てから、ふと思い出したように母親へ向き直った。
「母上、俺もそろそろ戻ります」
「ええ。荷物を片づけたら、少し休みなさいね」
「分かってますって」
クロードはブラインとクラリッサを見比べた。
以前、アルトもセレナという女性を「母さま」と呼んでいた。
あのとき、自分とアルトでは母親が違うことを知った。
ブラインにとっては、クラリッサが母親なのだろう。
同じ兄弟でも、知らないことがまだずいぶんある。
「それじゃあ、またあとで」
「ええ、ブライン」
ブラインは二人に軽く手を振り、今度こそ廊下の向こうへ歩いていった。
クラリッサはその背中を見送ってから、エリスに笑いかけた。
「帰ってきたら少しはゆっくり話せると思ったのだけれど」
「ふふ。荷物を片づけたら、また顔を見せてくれるでしょう」
「そうね」
クラリッサはもう一度ブラインが行った方を見て、小さく笑った。
それからエリスへ声を掛け、別の廊下へ歩いていく。
クロードはその背中を見送りながら、さっきのやり取りを思い返した。
ブラインはエリスと話すときも気さくだったが、クラリッサの前では少し違う顔をしていた。
(じゃあ、ザナンは誰を母上って呼ぶんだろう?)
聞いてみたいが、今はまだ声を出しても言葉にならない。
エリスの腕の中でクロードは小さく息を漏らした。
家族の名前を覚えるだけでも、なかなか忙しいものだ。




