第23話『父と二人』
第23話『父と二人』
エリスが床の敷物を整えていると、扉の向こうから低い声が聞こえた。
クロードが顔を向けると、入ってきたのはガルディオだった。
クロードにも、もうすっかり聞き慣れた父の声だ。
「ガルディオ、ちょうどよかったわ」
「どうした?」
「少し用事があるの。この子を見ていてくれる?」
「ああ、構わん」
ガルディオは敷物のそばに膝をつき、クロードの身体の下へ腕を差し入れた。
背中と腰を支えられると、小さな身体がふわりと浮き上がる。
以前抱かれたときは、大きな肩にずいぶん力が入っていたのを覚えている。
けれど今日は、姿勢を整える動きにも迷いがなかった。
「ありがとう。すぐ戻るわね」
「ああ」
エリスが部屋を出ていくと、ガルディオは椅子に腰を下ろした。
腕の中に収まったクロードは、いつもと違う高さから父の顔を見上げる。
エリスの腕よりも大きく、胸のあたりで聞こえる声も低い。
それでも、身体を支える手は落ち着いていた。
いつもより高いところからだと、部屋の家具も少し違って見える。
顔を動かしてみても、父の腕は揺れずに支えてくれた。
「……大きくなったな」
ガルディオがぽつりと言った。
クロードは返事のつもりで口を開く。
「あぅ」
「そうか」
(いや、まだ何も言えてないけどな)
思わず心の中で突っ込む。
だが父は気にした様子もなく、クロードの顔を見ていた。
今度は少し長めに声を出してみる。
「あー、うー」
「元気だな」
何を言っても、ちゃんと返事がある。
父の言葉は短いけれど、こちらの声が途切れるまで待っている。
それが何だか面白くて、クロードはもう一度声を出した。
ガルディオの口元が、わずかに緩む。
クロードが腕を動かすと、父はずれていた布をさっと直してくれた。
それから手を離さず、動きたいだけ動かせるように抱き方を少し変える。
(さすがに、慣れてるんだな)
クロードは父の胸元に目を向けた。
近くで見る服には、細かな縫い目が走っている。
指を伸ばそうとしても、肩がうまく回らず届かなかった。
代わりに身体をよじると、ガルディオがこちらを覗き込む。
「どうした。あちらが気になるのか?」
父が少し身体の向きを変える。
その先には窓があり、外の明るさが目に入った。
ガルディオは急かさず、クロードが眺めている間はそのまま支えてくれた。
いや、見たかったのはそこじゃない。
そう思ったが、窓の外で葉が揺れるのを見るのも悪くなかった。
「……あぅ」
「そうか」
また同じ返事だ。
クロードは声を出しながら、父の顔へ視線を戻した。
低い声と、近くで動く大きな手。
母とは違うのに、不思議と落ち着く時間だった。
「ただいま。いい子にしていた?」
エリスの声がして、扉が開いた。
ガルディオはクロードを抱いたまま顔を上げる。
「ずいぶん話していたのね。何のお話?」
「……さあな」
「ふふ、そうなの?」
エリスが笑うと、ガルディオもわずかに表情を和らげた。
自分から話しかけているつもりなのか、クロードの返事を聞いているつもりなのか。
どちらにしても、父は今までずっと付き合ってくれていた。
その顔を見上げて、クロードはまた小さく声を出す。
「あぅ」
「……ああ、聞いている」
今度は何となく、ちゃんと伝わった気がした。




