第21話『自分の力で』
第21話『自分の力で』
あの小さな手で布を掴んだ日から、さらに月日が流れた。
クロードの身体は、毎日少しずつ変わっていた。
以前は顔を向けるだけで精一杯だったのに、今では首をしっかり支えられる。
寝台で横向きになることも珍しくなくなり、やがて自分で寝返りを打てるようになった。
一度触れただけで離していた布も、指で掴んで引き寄せられることが増えている。
エリスに支えてもらえば、座っていられる時間も長くなった。
ただ、何かができるようになるたびに、別のことが気になり始める。
寝返りができれば、その先にあるものが見たくなる。
座って部屋を見渡せば、今度はそこへ近づきたくなるのだ。
(身体が動くようになったら、気になるものまで増えてきたな)
もちろん、腹が減れば泣くし、眠くなれば考える間もなく目が閉じる。
頭の中だけは大人でも、赤子の暮らしは相変わらず思いどおりにはならなかった。
◇
ある日、エリスが部屋の床に柔らかな敷物を広げた。
その上へ寝かせてもらうと、クロードはさっそく身体を返してうつ伏せになる。
顔を上げると、いつもとは違う高さに部屋が広がっていた。
椅子の脚も、寝台の下に落ちる影も、ここから見るとずいぶん大きい。
目の前の敷物には細かな織り目が並んでいる。
指先でなぞってみると、柔らかな糸が少しだけ引っかかった。
それを眺めていたところへ、エリスの声がした。
「クロード、こっちを見てごらん」
顔を上げると、エリスが少し離れたところで布を畳みながら笑っていた。
いつもなら、こちらへ来て抱き上げてくれるのを待つところだ。
けれど今は、床に手をつける。
クロードは両腕で身体を支え、膝を引き寄せた。
何とかお腹が敷物から離れる。
(……よし。このまま前へ)
片方の手を出した途端、身体がぐらりと傾いた。
慌ててもう片方の手で支えようとしたが、間に合わない。
ぽすんと音を立てて、敷物にお腹がついた。
「クロード、大丈夫?」
エリスが布を置いて身を乗り出した。
クロードは顔を上げ、もう一度手をついてみせる。
痛くはない。
ただ、思った以上に身体が重かった。
手だけ前へ出しても、身体を支えられなければ進めないらしい。
今度は手をあまり遠くへ置かず、ゆっくり体重を移してみる。
膝が敷物を押し、身体がほんの少し前へずれた。
(おっ、動いた!)
続けてもう一度。
今度は先ほどより楽に手を動かせた。
途中で膝が滑って身体が傾いたものの、何とか倒れずに済んだ。
エリスの服が、少しずつ近づいてくる。
「まあ、こっちへ来るの?」
声に応えようとして、クロードの口から「あー」と音が漏れた。
もう少し進むと、伸ばした手がエリスの服の裾に触れた。
ぎゅっと掴んだ途端、エリスが嬉しそうに笑う。
「来られたのね、クロード!」
次の瞬間には、慣れた腕の中へ抱き上げられていた。
クロードは母の肩越しに、さっきまでいた敷物を眺めた。
わずかな距離しか進んでいない。
それなのに、寝台から見ていたときとは違う嬉しさがあった。
誰かに抱いて連れていってもらわなくても、自分から近づくことができたのだ。
部屋の向こうには、まだ触れたことのないものがいくつもある。
もちろん、今すぐそこまで行けるわけではない。
それでもクロードは、次はどこまで進めるだろうと、床の向こうへ目を向けていた。




