第20話『できることが増えていく』
第20話『できることが増えていく』
ザナンが顔を見せてくれた日からも、クロードの毎日はゆっくりと過ぎていった。
目を覚ましたと思えば腹が減り、エリスに抱かれているうちに眠くなる。
起きている間には部屋の中を眺め、ときどき聞こえるアルトやザナンの声に耳を澄ませた。
エリスに名前を呼ばれると、声のする方へ顔を向けやすくなったのだ。
前ならようやく振り向いた頃には相手がいないこともあったが、最近はエリスの笑顔がちゃんと見えることが増えた。
「クロード、おはよう」
「あぅ」
「ふふ、今日はすぐこっちを見たわね」
褒められると嬉しいが、毎回うまくいくわけではない。
首だけを動かすつもりが肩まで傾き、見たいものとは違う方へ向いてしまう日もあった。
寝台で横を向こうとして、途中で仰向けに戻ってしまう。
別の日には、肩と腰がうまく動いて、少しだけ横向きのままでいられた。
(前よりは、ずいぶん動けるようになったな)
前世では気にも留めなかった身体の向きを変えるだけで、今は一仕事だ。
それでも、少しずつ変わっているのが面白かった。
◇
あるとき、エリスが寝台のそばでクロードの着替えを用意していた。
端を折った柔らかな布が、寝台の上の手の届きそうな場所に置かれている。
アルトと遊んだときは、近づけてもらった布に指先が触れるだけで精一杯だった。
クロードは腕を上げ、布の端を目指した。
だが、手は思ったよりも内側へ動き、何もないところで指が開く。
力を入れ直すと、今度は腕が大きく動きすぎた。
(うーん、そこじゃないんだけどな)
指先が布をかすめたのは、何度か動かしたあとのことだった。
腕が下がると、布はすぐに離れてしまった。
もう一度と思ったところで、エリスがこちらへ顔を向けた。
「お手々を伸ばしていたの? でも、そろそろお着替えしましょうね」
エリスは布を手に取り、クロードを抱き起こした。
触り足りなかったが、着替えが先らしい。
クロードは手を動かすのをやめた。
◇
それからも日々が過ぎた。
握ろうとして開いてしまったり、開こうとしてぎゅっと閉じたりすることは相変わらずある。
指を動かすことは、前ほど難しくない。
ある日、エリスが寝台の上でクロードの身の回りを整えていたときだった。
手元に垂れた柔らかな布の端が目に入る。
クロードはそちらへ腕を動かした。
指先が触れたところで、小さな手を閉じてみる。
すると布が指に引っかかり、手を動かした分だけ少しついてきた。
(……あれ、持てた?)
見つめた途端、指の力が抜けて布はするりと落ちた。
エリスがその動きに気づいて、顔をほころばせる。
「あら、クロード。今、自分で掴んだの?」
「あー!」
「すごいわね。少しずつ上手になってるのね」
クロードはもう一度手を動かしてみたが、今度は布のない方へ伸びてしまった。
エリスは笑いながら布を片づけ、疲れた様子のクロードを抱き上げる。
「今日はここまでね。少し休みましょう」
母の腕に収まると、さっきまで懸命に動かしていた手が自然と緩んだ。
まだ自由に物を持てない。
それでも、指先に残る柔らかな感触は確かだった。
庭で見た小石も、廊下の金属の取っ手も、今は遠くから眺めるしかない。
けれど、自分の手で確かめられる日は、少しだけ近づいたのかもしれない。
クロードは小さな手を見下ろしながら、次はもう少し長く持っていたいと思った。




