第18話『外の空気』
第18話『外の空気』
エリスに抱かれて廊下を進んでいると、いつもより明るい場所へ出た。
扉が開いた途端、ふわりと風が頬に触れる。
部屋の中とは違う空気に、クロードは思わず目を細めた。
「今日は気持ちがいいから、少しお庭を歩きましょうね」
エリスがそう言って、庭へ続く小道をゆっくり歩き始めた。
窓越しに見ていた草木が、今はすぐ近くにある。
葉が擦れ合う小さな音や、土の湿った匂いまで感じられるのが不思議だった。
(外って、こんなにいろいろ感じるものだったかな)
前世でも風は吹いていたし、土の匂いだって知っている。
けれど、赤子になってからは部屋で過ごす時間が長く、こうして外の空気に触れるだけでも新鮮だった。
エリスの腕の中で顔を動かすと、枝先の葉が光を受けて揺れている。
「あら、あっちが気になるの?」
「あぅ」
「ふふ、風で葉っぱが動いているわね」
エリスは少し足を緩め、クロードが眺められるよう身体を向けてくれた。
先日、窓から見たときには、庭の土や落ち葉が魔法で動いていた。
今、葉を揺らしているのは、頬にも感じるこの風だろう。
同じように動いて見えても、近くにいると分かることが増える。
◇
小道の端まで来たところで、エリスが足を止めた。
足元には色の違う土が見え、その中に小さな石がいくつか転がっている。
その一つに、クロードの目が留まった。
丸みのあるところと角ばったところが混じり、表面の一部だけが明るく見える。
(あれは、どんな石なんだろう)
前世なら拾い上げて、重さや表面の手触りを確かめていただろう。
割って中を見たいと思ったかもしれない。
だが、今は近づくことさえ自分ではできない。
クロードが石を追って身じろぎすると、エリスが腕の中を覗き込んだ。
「クロード、どうしたの?」
「あー!」
どうにか地面の方を見ようとすると、エリスも視線を下ろした。
「あら、小石が気になるのかしら」
エリスはクロードをしっかり支えたまま少し膝を曲げ、見やすい向きに抱き直してくれた。
先ほどより近くなった石は、やはりただ眺めるだけでは何なのか分からない。
それでも、もう少し見ていたかった。
(いつか、自分で拾って確かめたいな)
そのとき、さっと風が強くなった。
近くの葉が一斉にざわめき、クロードは驚いて身体をびくりと動かした。
「あら、びっくりした?」
エリスがすぐに抱き寄せ、背中を優しく支えてくれる。
風はほどなく弱まり、さっきの葉もゆっくりと揺れるだけになった。
「少し冷えてきたわね。そろそろ戻りましょうか」
もっと見ていたい気持ちはあったが、頬に当たる風は先ほどよりひんやりしていた。
母の腕の温かさに包まれていると、眠気も少しずつ近づいてくる。
部屋へ戻る途中も、クロードは小道の方へ顔を向けようとした。
けれど、庭の景色はやがて扉の向こうへ隠れてしまった。
◇
エリスに寝台へ寝かせてもらうと、さっきまで聞こえていた葉の音は遠くなった。
窓の外から眺めるだけでは分からなかった風の感触も、土の匂いも、まだ身体に残っている気がする。
あの小石も、近くで見ればもっと違うところが見つかるかもしれない。
いつかこの庭を自分の足で歩き、気になるものを一つずつ確かめてみたい。
そんなことを考えながら、クロードは静かに目を閉じた。




