第17話『兄の遊び』
第17話『兄の遊び』
「エリスさま、入ってもいい?」
聞き覚えのある高い声が、扉の向こうから聞こえてきた。
「ええ、アルト。どうぞ」
扉が開くと、小さな足音が近づいてきた。
寝台に横になっていたクロードが顔を向けると、アルトが何かを手に持って立っている。
「クロード、起きてる!」
「今日は何を持ってきたの?」
「これ! クロードと遊ぶの!」
アルトが得意そうに広げたのは、小さな布だった。
どうやら自分が使っていたものらしい。
エリスはクロードの様子を確かめ、アルトを寝台のそばへ招いた。
「じゃあ、優しく遊んであげてね」
「うん!」
アルトは布を持ち上げ、自分の顔を隠した。
しばらくして勢いよく布を下ろす。
「ばあっ!」
ところが、クロードは別の方向を見ていた。
「……あれ?」
アルトはもう一度顔を隠した。
「ばあっ!」
今度もクロードが顔を向けた頃には、アルトの顔が見えていた。
「エリスさま、クロード、見てくれない」
「ふふ、アルトがどこにいるか、まだ分からなかったのかもしれないわね。先に呼んであげたら?」
アルトは少し考えてから、クロードの顔を覗き込んだ。
「クロード!」
声の方へ顔を向けると、アルトが嬉しそうに笑った。
そして、すぐに布で顔を隠す。
「ばあっ!」
目の前から顔が消え、また現れた。
その動きが面白くて、クロードは思わず声を上げた。
「あー!」
「笑った! もう一回!」
アルトはすっかり嬉しくなったらしい。
何度も顔を隠しては、勢いよく布を下ろした。
クロードも動く布を目で追いながら、ときどき声を上げる。
けれど、途中から布そのものが気になってきた。
(あの布、端を持って動かしてるのか)
アルトの顔ではなく、手元をじっと見つめる。
「……クロード、こっちだよ?」
アルトが顔を近づけても、クロードの視線は布に向いたままだった。
「ぼくより、こっちがいいの?」
少し不満そうな声を出したアルトは、今度は布をクロードの前でゆっくり揺らしてみた。
するとクロードの目がその動きを追いかける。
「エリスさま! 見てる!」
「本当ね。アルトの布が気になるみたい」
アルトは布を止めたり、少し動かしたりして、弟の反応を楽しみ始めた。
◇
「クロードも持ってみる?」
アルトが布の端を近づけてきた。
クロードは目の前の布に触れたくなり、腕を動かそうとする。
(よし、今度は手だ)
ところが、腕は思った方向へ伸びない。
手を動かすつもりが、肩まで一緒に動いてしまう。
アルトは首をかしげた。
「届かないの?」
さらに布を近づけようとしたところで、エリスがそっと手を添えた。
「お顔に掛からないようにしましょうね」
「うん。ここならいい?」
「ええ、そこなら大丈夫よ」
布の端がクロードの指先に触れた。
柔らかな感触に驚いて指を動かすと、布がほんの少し揺れた。
「あっ、さわった!」
アルトが嬉しそうに声を上げる。
「クロード、もう一回!」
しかし、今度は指がうまく動かなかった。
クロードが腕をばたつかせると、布も指先から離れてしまう。
(ああ、もう少しだったのに)
アルトはしばらく待っていたが、やがて布を少し離して揺らし始めた。
弟が目で追うのを見ると、動きを止めて顔を覗き込む。
「こっちも見て!」
クロードが顔を向けると、アルトは満足そうに笑った。
いつの間にか、布を持たせることよりも、弟が自分を見ることの方が楽しくなったらしい。
「アルト、そろそろおしまいにしましょうか」
エリスの声に、アルトが振り返った。
「もうちょっと!」
「クロード、眠くなってきたみたいよ」
言われて覗き込むと、クロードのまぶたは重くなっていた。
アルトは少し残念そうに布を畳む。
「……また遊べる?」
「もちろん。起きているときにね」
「じゃあ、また来る!」
アルトは寝台のそばでもう一度手を振った。
「クロード、またね!」
クロードは声の方へゆっくり顔を向けた。
それを見たアルトは、嬉しそうに笑って部屋を出ていく。
(今度は、自分であの布を持ってみたいな)
まだ思ったように手を伸ばすことも、物を掴むこともできない。
それでも、兄の声を追いかけ、一緒に遊ぶことはできた。
クロードはアルトの笑顔を思い返しながら、静かに目を閉じた。




