第16話『自分で見た景色』
第16話『自分で見た景色』
庭で土や落ち葉が動くのを見てからも、クロードの日々はゆっくりと過ぎていった。
目を覚ませば腹が減り、エリスに抱かれたと思えば、いつの間にか眠っている。
部屋の外へはまだ自分で行けないが、少しずつ変わってきたこともある。
エリスが呼ぶと、以前より声のする方へ顔を向けられるようになったのだ。
もっとも、顔を向けた頃にはエリスが移動していることもあった。
それでも、自分で見たい方を見られるのは嬉しい。
(首も、前より少しは動くようになったかな)
そう思った日のことだった。
寝台に横になっているクロードのそばで、エリスが洗い終えた布を畳んでいた。
手元で柔らかな布が広がり、折り目を揃えられて重なっていく。
今はその手つきさえじっくり見ていたくなる。
ところがエリスが身体の向きを変えると、顔も手元も視界の端に隠れてしまった。
(もう少しそっちを見たいんだけどな)
首を向けてみたが、届くのは途中までだった。
ならば身体ごと向けばいい、と肩にも力を入れてみる。
ところが腕が引っかかり、脚だけがぱたぱた動いた。
身体は少しも横を向かない。
「クロード、どうしたの?」
エリスが布を置いて覗き込んだ。
クロードは悔しくなって、もう一度身体をひねろうとする。
「あぅ!」
「ふふ、そんなに一生懸命、何が見たいのかしら?」
エリスは布を直し、クロードの身体を楽な位置に戻してくれた。
ただ横を向きたいだけなのに、大仕事だ。
けれど、指一本を動かそうとしたときも、最初からうまくいったわけではなかった。
◇
それからもクロードは、起きている間に手足を動かし、声のする方へ顔を向けた。
疲れて眠ってしまうこともあれば、思いがけず動けることもあった。
首だけでは届かなかった向きへ、肩が少しついてくるようになった。
あるときは身体が傾いたものの、途中で力が抜けて元に戻ってしまった。
それでも、前より少し動いたのは確かだ。
そして、エリスがまた寝台のそばで布を畳んでいたときだった。
聞き慣れた声に顔を向けると、エリスがこちらへ笑いかける。
クロードはもう少しよく見たくて、肩と腰にも力を込めた。
片方の脚が動き、身体がぐらりと傾く。
いつもならそこで戻ってしまうところが、今度は横向きのまま止まった。
目の前には、さっきより近くにエリスの顔があった。
(……できた!)
たったそれだけのことなのに、思わず声が弾んだ。
「あー!」
「あら、クロード、自分でこっちを向いたのね」
エリスは嬉しそうに笑い、そっと背中を支えてくれた。
まだその姿勢は長く保てず、腕も自由には動かせない。
疲れてくると、エリスが仰向けに戻して寝台の布を整えた。
「頑張ったわね、そろそろ休みましょう」
クロードは天井を眺めながら、さっき見えた母の顔を思い返した。
誰かに抱き直してもらわなくても、ほんの少しだけ見える景色を変えられた。
まだ手を伸ばして好きなものに触れることも、行きたい場所へ移動することもできない。
それでも、この身体は少しずつ育っている。
いつかあの金具も、庭の土も、自分の手で確かめたい。
そんなことを考えているうちに、まぶたがゆっくりと重くなっていった。




