第15話『暮らしの中の魔法』
第15話『暮らしの中の魔法』
扉の金具が見えなくなっても、クロードの頭にはまだ曲がった持ち手の形が残っていた。
あの丸い取り付け部分の奥はどうなっているのだろう。
もう一度確かめたいが、エリスに抱かれている今は、自分から戻ることもできない。
そんなことを考えているうちに、窓の外で何かが動いた。
庭の小道で、男の使用人が地面にしゃがんでいる。
足元には黒っぽく湿った土が広がり、一部がぬかるんでいるようだった。
男がそこへ片手を向けると、へこんだ場所の土がゆっくりと盛り上がった。
(……今、土が動いた?)
クロードは目を凝らした。
男の手には、土をすくう道具など見当たらない。
指を動かしたようにも見えたが、窓越しでは細かなところまでは分からなかった。
それでも、男がもう一度手を向けると、土は少しずつ形を変えた。
ガルディオが燭台の火を点け直したときも、指を動かしていた。
あのときは火で、今度は土だ。
(土を動かす魔法なのか?)
男は同じような動きを何度か繰り返した。
けれど、それだけで作業が終わるわけではないらしい。
男はやがて土へ手を伸ばし、盛り上がった部分を丁寧にならし始めた。
魔法で動かせるのに、なぜ最後は手作業なのだろう。
その方が早いのか、細かな調整は別なのか。
理由を知りたいが、今の自分には窓越しに眺めることしかできなかった。
「クロード?」
エリスが顔を覗き込んでいた。
どうやら、庭に夢中で呼びかけに気づかなかったらしい。
「そんなにお庭が気になるの?」
「あぅ!」
「ふふ、少しだけ見ていきましょうか」
エリスが身体の向きを変えると、庭の小道が先ほどよりよく見えた。
男は土をならし終えると、手の汚れを払って別の場所へ歩いていく。
クロードがその後ろ姿を追っている間に、エリスがずれた布を直してくれた。
「さあ、そろそろ戻りましょうね」
もっと見ていたかったが、窓はゆっくりと視界から遠ざかった。
◇
別のときには、庭に散らばった落ち葉が動くのを見た。
使用人が片手をかざすと、葉が地面を滑るように一か所へ集まっていく。
途中で残った葉は、手の向きが変わるとまた転がり始めた。
今度は風を使っているのだろうか。
しかし、その使用人も最後は箒を手に取り、残った葉を集めていた。
あんなふうに葉を動かせるなら、箒はいらないようにも思える。
ところが、この庭では両方が使われている。
前世の製鉄所でも、大きな設備があれば何もかも機械任せで済むわけではなかった。
魔法を使う人たちも、やりやすい手順を選んでいるのだろうか。
(火を点けたり、土を動かしたり、葉を集めたり……どこまでできるんだろう)
クロードが身じろぎすると、エリスがこちらを見た。
「またお庭? 本当に気に入ったのね」
「あー!」
「でも、今日はここまで。少し休みましょう」
エリスに抱き直され、窓の外が見えなくなる。
金具も、土も、落ち葉も、今は自分の手で確かめられないものばかりだ。
けれど、見るだけでも疑問は増えていく。
この世界には、まだどれほど知らないものがあるのだろう。
クロードは母の腕の中で、さっきの葉の動きを何度も思い返していた。




