第13話『アルトの母さま』
第13話『アルトの母さま』
エリスに抱かれていると、廊下からぱたぱたと小さな足音が聞こえてきた。
続いて扉の向こうから、覚えのある声がする。
「エリスさま、クロード、起きてる?」
「ええ、起きているわ。どうぞ」
顔を覗かせたのはアルトだった。
初めて会ったときには、クロードの小さな手を握って大喜びしていた兄だ。
また来てもいいかと尋ねていたが、どうやら本当に会いに来てくれたらしい。
「クロード!」
アルトはエリスの隣まで来ると、嬉しそうに顔を寄せた。
クロードも声の方を向こうとしたが、まだ首は思ったほど動かない。
「あぅ」
「ほら、起きてる!」
アルトはそれだけで満足そうに笑った。
そして庭で見かけた鳥の話を始める。
枝に止まっていた鳥が急に飛んだこと、驚いて見上げたらもういなかったこと。
小さな腕まで動かして説明するので、クロードはその手を目で追った。
自分からは何も尋ねられないのに、こうして一生懸命に話してくれる相手がいる。
それが何となく嬉しかった。
「アルト、ここにいたのね」
別の女性の声がした。
扉の方を見ると、見覚えのない女性が立っている。
その姿に気づいたアルトが、ぱっと顔を明るくした。
「母さま!」
(……母さま?)
クロードは思わず女性を見つめた。
アルトがエリスを呼ぶときは、確か「エリスさま」だったはずだ。
けれど、今の呼び方は違う。
「あら、セレナ。アルトがクロードにお話ししてくれていたのよ」
「そうだったのね。ずいぶん楽しそうな声が聞こえていたわ」
セレナと呼ばれた女性は、アルトのそばにしゃがんで目を合わせた。
「何のお話をしていたの?」
「鳥! お庭にいたの!」
「そう。どんな鳥だった?」
「えっとね……飛んでっちゃった!」
肝心なところが説明できなくなったらしい。
アルトが困ったように眉を寄せると、セレナは急がせずに待っていた。
「また見つけたら、教えてね」
「うん!」
アルトは元気よく頷いた。
セレナが少しずれていた袖を直すと、くすぐったそうに身体をよじる。
そのまま当たり前のようにセレナの手を握った。
(なるほど。アルトの母親は、あの人なのか)
クロードはエリスを見上げた。
自分の母親はエリスで、アルトの母親はセレナ。
それでも二人は兄弟だという。
前世で馴染んでいた家族の形とは少し違うらしいが、少なくともこの部屋では誰も不思議がっていない。
セレナもエリスも、いつものことのように笑っている。
「アルト、そろそろ戻りましょうか」
「もうちょっと、クロードといる」
「また会いに来られるでしょう?」
「……うん」
アルトは名残惜しそうにクロードを見た。
「クロード、またね!」
「あぅ」
返事になったかどうかは分からない。
それでもアルトは嬉しそうに笑い、セレナと手を繋いで部屋を出ていった。
クロードは二人を見送りながら、もう一度エリスの顔を見る。
父と母と、小さな兄。
それだけは知ったつもりでいたのに、兄には別の母親がいた。
この家には、まだ知らない人がいるのだろうか。
すぐに確かめることはできないけれど、アルトとセレナのことは一つ覚えた。
それだけでも、今日は少し面白い日だった。




