第11話『指先の火』
第11話『指先の火』
エリスに抱かれて廊下を進むと、窓から差し込む光がクロードの視界を横切った。
少し前までは明るいか暗いかくらいしか分からなかったのに、最近は窓の形や壁に並ぶ燭台も見分けられるようになってきた。
とはいえ、好きな方へ首を向けられるわけではない。
気になるものがあっても、エリスが歩くのに合わせて眺めるしかなかった。
(もっとあちこち見てみたいんだけどな)
そう思ったところへ、廊下の向こうから大きな人影が近づいてきた。
低い声が聞こえ、クロードはすぐに父だと分かった。
「ガルディオ、どこかへ行くの?」
「少し身体を動かしてくる」
「今日はお休みでしょう?」
「鈍ると困る」
「ふふ、あなたらしいわね」
エリスが笑うと、ガルディオも足を止めてクロードを覗き込んだ。
以前抱かれたときはずいぶん慎重だった大きな手が、今日は腰のあたりで自然に動いている。
そのとき、開いた窓から風が吹き込み、壁際の燭台の火を揺らした。
小さな炎が傾き、ふっと消える。
ガルディオは燭台へ目をやると、何気なく片手を上げた。
指が寄り、形を変え、また別の形へ動く。
何をしているのだろうと見つめた、その直後だった。
指先に、ぽっと橙色の火が生まれた。
(……えっ?)
クロードは目を見開いた。
ガルディオの手には火打石も道具もない。
それなのに小さな炎が指先で揺れている。
彼はその火を燭台へ近づけ、消えた芯に明かりを戻すと、指先の火を消して手を下ろした。
あまりにも自然な動きで、エリスも驚いた様子はない。
だがクロードには、今の出来事を見過ごすことなどできなかった。
(魔法だ! 本当にあったんだな!)
イリシアから話は聞いていた。
それでも、目の前で見るのと聞いて想像するのとではまるで違う。
火は何を燃やしていたのだろう。
熱を作っているのか、それとも燃えるものが自分には見えていないだけなのか。
そして、あの指の動きだ。
ただ動かしたのではなく、順番に形を変えていたように見える。
もう一度見たい。
思わずガルディオへ手を伸ばそうとしたが、小さな腕は思いどおりに上がらなかった。
「あぅ! あー!」
声だけが先に飛び出す。
エリスはクロードの顔を覗き込み、視線の先を追った。
「どうしたの、クロード?」
「……あぅ」
「あら。あなたの手が気になるみたい」
「俺の手か?」
ガルディオは自分の指を見て、それからクロードを見た。
少し考えるように間を置くと、今度は燭台から離れたところで片手を上げた。
「これか」
指が動く。
クロードは目を凝らし、最初の形から追いかけた。
指先が次の形になり、さらに動いたところで、先ほどと同じ小さな火が灯る。
抱っこするときにはあんなにぎこちなかった手が、今は迷いなく動いていた。
「あー!」
「ふふ、やっぱり気になっていたのね」
「……そうか」
ガルディオの口元がわずかに緩み、火が静かに消えた。
クロードは消えた後の指先まで見つめていた。
どうして火が出るのかは、まだ一つも分からない。
だからこそ、知りたいことがまた増えたのが嬉しかった。




