第10話『小さなお兄ちゃん』
第10話『小さなお兄ちゃん』
聞き慣れない声が、部屋の外から聞こえてきた。
エリスに抱かれていたクロードは、いつもの大人たちとは違う高い声に耳を澄ませる。
「エリスさま、いい?」
「ええ、アルト。入っておいで」
扉が開き、小さな足音が近づいてきた。
視界はまだぼんやりしているが、覗き込んできた顔がエリスやガルディオよりずっと小さいことは分かる。
この家には子どももいたのか。
クロードが見つめ返すと、男の子はぴたりと足を止めた。
「……あかちゃん」
「そうよ。クロードっていうの」
「くろーど?」
「ええ。アルトの弟よ」
「おとうと……」
男の子はその言葉を確かめるように繰り返し、またじっとこちらを見た。
どうやらアルトという名前で、しかも自分の兄らしい。
(兄か。ずいぶん小さなお兄ちゃんだな)
前世では大人として働いていた自分が、この男の子の弟になるとは妙な気分だった。
もっとも、今の身体を比べれば、向こうの方がずっと大きい。
アルトは少し背伸びをして、エリスの腕の中を覗き込んだ。
「ちっちゃいね」
「アルトも、こんなに小さかったのよ」
「ぼくも?」
「もちろん」
アルトは自分の手とクロードの手を交互に見た。
何が不思議なのか、小さな眉がきゅっと寄る。
「おてて、ちっちゃい」
「そうね。でも、急に触ったらびっくりしちゃうから、優しくね」
「……さわっていい?」
「いいわよ。ここに、そっと指を出してごらんなさい」
エリスはクロードの身体を支えたまま、手が見えるように布を少しよけた。
アルトの指が恐る恐る近づいてくる。
クロードも手を伸ばそうとしたが、思った方向には動かず、腕が小さく揺れただけだった。
アルトの指先が手のひらに触れた瞬間、その指を包むようにクロードの手が閉じる。
「あっ!」
驚いたアルトが声を上げた。
「エリスさま! にぎった!」
「ふふ、本当ね」
「ぼくのゆび、にぎってる!」
アルトは嬉しそうに笑い、指を動かしてみようとした。
けれど、すぐにエリスが声を掛ける。
「引っぱらないでね。クロードのお手々は、まだ小さいから」
「うん」
アルトは神妙な顔で頷き、今度は指を動かさずに待った。
まるで大切なものを預かったような顔だ。
クロードは思わず可笑しくなった。
(いや、こっちも狙って握ったわけじゃないんだけどな)
もちろん、その説明はできない。
小さく声を出してみると、アルトが顔をぱっと明るくした。
「あぅ」
「おへんじした!」
「そう聞こえた?」
「うん! もういっかい!」
急に期待されても困る。
クロードは口を動かしたものの、今度は声が出なかった。
アルトはしばらく待っていたが、やがて自分からそっと話しかけた。
「クロード。ぼく、アルト」
知っている、とはまだ言えない。
その代わりに手のひらがわずかに動くと、アルトはまた笑った。
小さな指を離すのが惜しいのか、エリスに促されるまでずっとそばにいる。
「また来てもいい?」
「もちろんよ。クロードも嬉しそうね」
そう言われて、クロードはアルトを見上げた。
何を考えているのか分かりやすい顔で、こちらを見てにこにこしている。
まだ話もできないし、一緒に遊ぶこともできない。
それでも、初めて会った小さな兄のことを、もう少し知ってみたいと思った。




