098⚫️神の長い手
「おい、昨日のニュースみたか、エイミー?」
「見た見た、アキラ! バカよねえ。今どき完全犯罪なんてないよ。あれ? どうしたのジン?」
「うぅん。監視されていないとダメなのか、ということと……個人の犯罪はこうして一発で発覚して起訴できるのに、国家犯罪はそうではない、というのがどうも、ね……。」
突発的であれ計画的であれ、ひとたび現代の都市空間で凶行に及べば、犯人はその瞬間から逃れることのできない「デジタルの網の目」に捕らわれる。かつてミステリー小説の王道であった「アリバイ工作」や「死体遺棄」のトリックは、今や最新の科学捜査と法律の壁によって悉く無力化されているのが現実である。
しかし、現代の犯罪は単独犯だけとは限らない。秘匿性の高い暗号化アプリを使い、自身は手を汚さずに末端の実行犯へ指示を出す「黒幕」の存在が社会問題となっている。彼らは通信の中身が暗号化されていることを盾に、警察の目は届かないと過信しがちである。
だが、現代の警察も黙ってはいない。どれほど通信の暗号が強固で解読できなくとも、警察は「現実世界とデジタルが交わる瞬間」を執拗に狙って黒幕を特定する。
黒幕がメッセージを自動消去機能で消し去っていたとしても、逮捕された末端の実行犯の携帯端末から、消去される前に撮影されたスクリーンショットや、メモリ内に残された一時データが鑑識の手によって復元される。さらに、暗号化アプリを開始する際にどうしても必要となる「初期認証用の電話番号」や、その契約に使われた他人名義の闇SIMカードの流通経路、代金として支払われた暗号資産の流出履歴など、現実の社会システムに残された微細な足跡を「リレー捜査」で逆探知していく。デジタル空間では幽霊のように振る舞えても、現実世界で端末を操作し、物資や金を動かしている以上、その交差点から網の目は確実に黒幕の本名やアジトへと伸びていくのである。
このように、現代の個人犯罪は携帯端末の足跡、防犯カメラなど、張り巡らされた社会システムによって発覚し、黒幕であっても引きずり出されて起訴される。
しかし、ここで一つの強烈な矛盾が浮かび上がる。
ヒトは、これほどまでにデジタルの網の目で「監視」されていなければ、正気を保てない、あるいは犯罪を抑止できない生き物なのだろうか。同時に、これほど厳密に個人の罪や裏の指示役を追い詰める完璧なシステムが存在する一方で、なぜ「国家規模の犯罪」や「社会のシステムそのものを操る巨悪」は、平然と網の目をすり抜けていくのか。
個人や一犯罪組織の黒幕は、携帯端末一台の足跡からいつかは逮捕されるが、国家やそれに準ずる巨悪は、捜査機関や法律、あるいは通信開示の権限そのものを自らコントロールしている。誰も自分たちを捜査・起訴する権限を持っていないがゆえに、どれほど巨大な罪を犯しても、最初から網の目にすら引っかからない。
個人を徹底的に監視し縛り上げるデジタルの網の目が完璧であればあるほど、その外側で機能しない国家犯罪の不条理さが、より一層不気味に際立つのである。




