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097⚫️どうする、アリバイ?!

やっちまった。

つい、カッとなって。 手近にあったこの花瓶で、おもいっきりぶっ叩いた。

花瓶って、意外と頑丈なんだな。

彼女は倒れた。

我に返ってあわてて抱き起こしたが、ぐんにゃりとしている。

息もしていない。脈もない。

うわあ、オレ、どうしよう?

いや、こいつが悪いんだ。

……だめだ、そんなことを考えてる場合じゃない。

まず、だな──。


死体が見つからなければ、そもそも事件にならん。

映画みたいに、クルーザーでロープを使って船底に吊り下げる……

あ、だめだ。オレ、クルーザーなんか持ってない。

じゃあ、次だ。


死体が見つかっても、誰かわからなければいいんじゃないの?

だめだあ。指紋、歯型、DNA……。

最近の科学捜査を舐めちゃイカンぞ。

あ、しかもこいつ、豊胸手術したって言ってたな。

確か、シリアルナンバーが打ってあるんだよな。

うぅん、指や顎、乳房を切り離すなんて、臆病なオレにできるはずがない。

それじゃあ、死因が自然死にみえるってのは?


だめだよなあ。しっかり頭蓋骨、陥没してるもんなあ。

捜査線上に、オレとこいつとの関係が浮かなければいいか?

いやあ、だめだろなあ。

通信の痕跡や周囲の証言から、一発で疑われるはずだよ。

んじゃあ、アリバイ!


そう、ミステリーの王道!

でも、監視カメラに映像が残っているはずだよな。

いまさら後付けで、どんなやり方があるっていうんだ?

もう一度、遺体をどうするか、から考えてみよう。

宅配便や引っ越し業者を利用しての遺体の移動はどうだ?

うぅん、宛先が問題だよなあ。

どう運搬しても、最後は自分でなんとかしなくちゃならん。

じゃあ、自家用車でフェリーに乗るのはどうだ?

あっ、だめかあ。

トランクに詰めて自室に運んでも、甲板から投下するのは難しいぞ。

夜間でもテロや転落事故を防ぐために、カメラが大量に設置されてるよな。

じゃあ、バルコニーつき豪華客船ならどうだあ!

自分の部屋のバルコニーから落とせば監視カメラに映らない。


いや、これもいかん。

今の豪華客船は船体の外側を向いた超高感度カメラや赤外線センサーの塊だ。ドボンとやった瞬間に落水警報が鳴り響いて、一瞬で部屋に乗組員たちが踏み込んでくるのがオチだ。

うぅん、結局、遺体を運ぶのは無理そうだなあ。

そうか! 移動させるから痕跡が残るんだ!

確か、あったはず……これっ!


真空の布団保存パック! こいつに入れて取り敢えず保管する!

だが、死体を部屋に確保できたとしても、こいつがこの部屋でパタリと消息を絶ったとなれば、警察は真っ先に最後の交際相手であるオレを疑う。家宅捜索令状を持って踏み込まれたら終わりだ。

それを防ぐには、こいつが「オレの部屋を出た後も、別の場所で生きて移動していた」という完璧なアリバイを作って、警察の初動捜査の矛先をここから完全に逸らす必要がある。

そうだ、こいつの携帯端末だ。


死体は見つからなくても、携帯端末の電波が動いていれば、警察はこいつがまだ生きて移動していると錯覚する。オレの手の届かない遠くの場所で、こいつの足取りを煙に巻くんだ。

怪しまれない宛先……実在しない住所へ送るか?

偽名の差出人にして、架空人物名の住所宛てに発送する。そうすれば、荷物は遠くの県の配送センターまで運ばれて、人物が見つからないまま数日間保管され、戻すこともできずに倉庫で足止めを喰らう。警察が位置情報を追跡しても、こいつが数日かけて遠くの県へ移動し、そこでピタリと動かなくなっているように見える。事件現場はあの遠くの県だと完全に誤認させられる。


……いや、待て、これもダメだ。配送中に携帯端末のバッテリーが切れたら電波の移動が途中で止まるから、モバイルバッテリーを繋いだ状態で箱に詰めなきゃならない。でも、受取人も差出人もわからない「迷子の宅配便」が、中身に電源の入ったスマートフォンを抱えていたらどうなる? 配送業者は手がかりを探すために、法律に基づいて荷物を正式に開封する。そしたら一発で不審物として警察に通報されるじゃないか。


画面のロックがかかっていても、家族からの「どこにいるの?」っていう通知は丸見えだ。一瞬でこいつの携帯端末だとバレる。そこから伝票の『受付店コード』が調べられて、発送元のコンビニへ警察がすっ飛んでいく。

自分のアパートから離れたコンビニから出したって関係ない。今の高画質カメラには、夜中に怪しい箱を差し出すオレの顔がバッチリ録画されてる。対面の手続きじゃないからオレ自身は特定できない? 甘い、甘すぎるぞオレ。カメラの映像を周辺の道路や自動販売機のカメラへと繋ぎ合わせて逆探知していく『リレー捜査』をやられたら、オレがどのアパートのどの部屋に帰っていったかまで、デジタルと行動の足跡で100%特定されるんだ。

送料を支払うとき、うっかり電子決済やポイントカードなんて使ったらその瞬間に本名が割れる。現金で払ったって、液晶画面に触れた指紋を採取されたらおしまいだ。


じゃあ、非対面の宅配買取業者へ送りつけて売却を偽装するか? ……クソッ、画面にデカデカと表示される「顔認証が必要です」の文字。古物営業法のせいで、今の非対面買取は「顔写真つきの個人証明書」をリアルタイムで撮影させやがる。不正に物を売ることを、この社会は許しちゃくれない。


なら、特定の住所に送ってそこで破壊する。 パソコンや小型家電の無料回収リサイクル業者へ「廃棄用ジャンク部品」として偽名で送りつけるんだ。毎日全国から大量の廃棄家電が届く工場なら、開封した作業員はいちいち中身を調べず、そのまま巨大な粉砕機の中に放り込んで一瞬で文字通りの粉々にしてくれる。


……いや、これもダメだ。携帯端末が粉砕されて電波が途絶えた「まさにその瞬間」と、運送会社の「配達完了データ」が1分単位で完全に一致しちまう。犯人はこの工場を利用して携帯端末を破壊したなと気づかれ、結局は発送元のコンビニのカメラに辿り着かれてしまう。


じゃあ、バッテリー残量をギリギリの数パーセントにして送るか? トラックで高速道路を移動している最中にバッテリーが切れてブラックアウトすれば、警察のシステム上は単に圏外に入ったか電池が切れたようにしか見えない。 ……でも、今の警察のサイバー犯罪捜査班は、通信が途絶える「直前」までにその携帯端末がどの通信基地局の電波を拾っていたか、移動ルートのログをすべてキャリアから手に入れる。時速60キロ以上で一切寄り道せず高速道路のルートを移動し続ける携帯端末のデータなんて、「荷物」として運ばれていた証拠そのものだ。発送元のコンビニへ秒読みで逆探知されるだけだ。


業者のサイトに「宅配処分」を申し込むのだって、ネットのアドレスからオレの家の回線が一発で割れる。物理的にモノを動かして処分しようとすれば、どこをどう足掻いたってデジタルの網の目に引っかかる。


野生の生き物を使うのはどうだ? カラスを捕まえて、こいつの携帯端末を括りつけて飛ばす。空の移動にはカメラがないし、警察の位置情報追跡には「人間ではあり得ないルートを時速40キロで飛ぶ電波」という怪奇現象データが残る。初動を大混乱に陥れられる。


……無理だ、携帯端末はカラスにとって重すぎる。携帯端末は150グラム以上ある。カラスが運べるのは自分の体重の10%程度、せいぜい50グラムだ。ベランダで暴れ狂うカラスと格闘して、ようやく括りつけて放したところで、重すぎて庭に墜落するか、隣の屋根で動けなくなるのがオチだ。


じゃあ携帯端末の本体は諦めて、わずか1グラム以下のチップだけを風船に結びつけて飛ばすか? これなら浮力も足りるし、誰の手も借りずに匿名で電波を空へ飛ばせる。

……待て、電波塔のアンテナは地上に向けて下向きに設置されてるんだぞ。風船が上空数百メートルに浮かび上がったらすぐに圏外になる。警察のデータには、移動するログじゃなく、単に「オレのアパートの真上で電波が途絶えた」という記録だけが残る。何より、チップは電源の入った携帯端末の中に差し込まれていなきゃ電波そのものを発信できない。


小型空中無人飛行体だ! それなら自分で正確に飛行ルートをコントロールできる。夜間に住宅地から小型空中無人飛行体で携帯端末を運べば……いや、航空法の義務化を忘れてた。100グラム以上のすべての小型空中無人飛行体には「リモートID」という発信機の搭載が義務付けられている。飛行中、常に機体の識別番号や位置情報を周囲に垂れ流し続けるデジタルのナンバープレートだ。リモートIDの登録にはオレ個人と紐づいているから、対面していなくても誰の小型空中無人飛行体かなんて、即座に分かってしまう。


じゃあ、そのリモートIDの基盤を叩き壊した「完全に登録を抹消した闇小型空中無人飛行体」を夜闇に紛れ込ませるか? ……静まり返った夜の住宅街で、小型空中無人飛行体が発する「ブーーーン」という高音のプロペラ音が響き渡る。のぞき魔か空き巣のロケハンだと思われて住民に通報され、職務質問されるのが目に見えている。

それに、リモートIDを壊しても、小型空中無人飛行体が飛ぶときはプロポとの間で強力な電波を往復させているし、回転するプロペラは警察の音響センサーやアクティブ・レーダーにハッキリ引っかかる。連中の電波検知システムを使えば、その操縦電波が「どこの建物の、どの部屋から出たのか」を瞬時に解析できるんだ。小型空中無人飛行体が使命を終えたとしても、やがてオレの部屋のドアがノックされる事態になる。


そもそも事件の直後に、なぜオレが小型空中無人飛行体を購入しているのか、履歴を調べられただけで、家宅捜索の令状を取るための動機を警察に与えちまう。


せめて人気のない山の中に小型空中無人飛行体を設置し、時間をおいて遠隔操作やタイマーで飛ばすか? ……山奥すぎれば電波がつながらず小型空中無人飛行体は起動しない。電波がつながる場所から遠隔で起動の通信を送った瞬間、オレの部屋のネット回線のIPアドレスのログが残る。タイマーで自動起動させるにしても、山の中に放置している間に野生のイノシシやカラスに突っつかれて壊されるか、山の急な雨でショートするのがオチだ。何より、山へ向かえば、その車のナンバー、利用履歴、走行ルートは道路システムにすべて記録される。


近くの公園に小型空中無人飛行体を置き、一度部屋に戻ってから遠隔操作で飛ばす? 公園条例で小型空中無人飛行体の持ち込み自体が禁止されてるし、公園や通学路は高感度な街頭防犯カメラだらけだ。公園に入りアパートへ戻るオレの姿がバッチリ映る。そこからまたリレー捜査でこの部屋に辿り着かれるだけだ。


……ハハ、アハハハ! ダメだ、どこにもいけない。空も、陸も、海も、現代社会はすべてデジタルの網の目と法律、防犯カメラでがんじがらめだ。外へ一歩でもモノを動かそうとすれば、必ずオレの名前が警察に通知されるシステムになってるんだ。



刑事さん、すみません。オレがやりました。

はい、部屋に真空パックに入った’彼女’がいます。

あ、あの、ひとつだけお願いがあります!

ええ、製造元へ伝えてください。


花瓶には必ず

「これでヒトを殴ってはいけません」

と注意書きをつけておいて、と。

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