019⚫️ヒトはカミになれるのか
『ホモ・ダウス』とは、歴史学者ユヴァ・ナラ・ハラダヤが提唱した、テクノロジーによって「神の能力」を手に入れた未来の人類像である。人類は飢餓、疫病、戦争という旧来の課題をほぼ克服し、次は「不死」「幸福」「神性」の獲得を目指すとされる。遺伝子工学や人工知能(AI)を駆使して自らをアップグレードするこの超人類の誕生は、同時に、知能を持たない「無用者階級」の大量発生や、生物学的な超格差社会というディストピアをもたらすと警告されている。
しかし、この壮大な未来予測はあまりに独善的であり、現実の複雑さを見誤っていると言わざるを得ないのではないだろうか。ハラダヤは人類が三大課題を制御可能にしたと主張するが、現実の世界は今なお、気候変動がもたらす天災や、人間の愚行による戦争、そして進化を続ける疫病の脅威に晒されている。
地球規模の異常気象は現代の農業技術を凌駕し、各地で食糧危機を再発させている。さらに、大国間の利益の不一致やナショナリズムの暴走は、理性の予測を裏切って新たな戦争を引き起こした。医療の進歩も万能ではない。抗生物質の乱用が生んだ強力な耐性菌は人類の武器を無力化し、長寿化に伴う認知症や未知の病が次々と社会を蝕んでいる。テクノロジーという盾を得ても、人類は自然の摂理や自らの不完全さという限界から逃れられていない。人類が神に近づくどころか、未熟な足元のバグに足元をすくわれているのが、直面する冷酷な現実である。
確かに技術の向上は人類には福音である。人口も増加し寿命も長くなった。だが、世界でひとりも死者が出ない24時間はない。グリニッジを起点としようが、いつからスタートするのかを如何に設定しても、病や犯罪、紛争や天災で命は失われる。
それでも、もし我々が手を取り合い、他者の尊厳への眼差しをより強めることができれば、「不幸」は「納得できる事態」に変えることができるかもしれない。永遠の命や完全無欠な環境が揃わないとしても、満足した一生を多くの人々が実感できる日は実現できるのではないか。
道程は遥かに遠い。見果てぬ夢を見て、届かぬ星に手を伸ばす。そのゴールに繋がるのが、’神への長い道’なのかもしれない。
ヒトが神に近づく、だと?
・・・予は女神にあった。確かに見た、話した、聞いた。
あれが夢であるはずがない。
・・・神にはなれずとも、慈悲と慈愛に満ちた人々が増えれば
それは理想郷に近づくことにはならないか。
レグナス古老の話を聴き、そのような思考に入っている。




