崩壊
もう、疑いではありません。
すべてが、はっきりと見えてしまっただけです。
※全体的に修正しました。
講義終わりの教室は、いつも通りの呑気な空気だった。
「司、昼どうする? 今日こそ奢れよな」
「断る。……まあ、食堂の安い定食くらいなら考えてやるよ」
そんな軽口を叩き合って、笑う。
この何気ない日常が、俺が「竜神TEC」への投資という孤独な戦いを続けるための、唯一の休息所だった。
「そういえばさ、最近、翠ちゃんと一緒じゃなくね?」
「……あー、まあ、タイミングが合わないだけだろ」
胸の奥を、冷たい風が吹き抜けた。
机の下でスマホを握る。翠へのメッセージは昨夜から未読のままだ。
嫌な予感がする。だが、俺はそれを「気のせい」という箱に押し込めた。
――だが、その箱は、大学の正門前で無残に粉砕された。
「……ッ!?」
腕を組み、密着して歩く二人の姿。
隆二の高級車の助手席に、翠が当たり前のような顔をして乗り込もうとしている。
翠が、見たこともないほど蕩けた笑顔で隆二を見上げていた。
「司、おい! どこ行くんだよ!」
背後で同級生が呼ぶ声を無視して、俺は全力で駆け出した。
正門前、翠の腕を無我夢中で掴む。
「……翠!! 説明してくれ、これはどういうことだ!」
翠は一瞬だけ目を見開いた。だが、すぐに心底面倒くさそうに溜息を吐いた。
「あーあ……バレちゃった。司、あんたって本当にしつこい」
「説明しろよ! なんで隆二と一緒に……!」
「いいよ、もう。隆二くん、怖い……っ! 司くんが、すごい力で……!」
翠は俺の手を振り払うと、わざとらしく自分の腕をさすり、隆二の胸に飛び込んだ。
ちょうどその時、遅れて追いついてきた同級生たちがその光景を目にする。
彼らの目には、恐怖に震えて隆二に抱きつく翠と、鬼のような形相で彼女を追い詰める俺の姿だけが映っていた。
「司……お前、何やってんだよ」
友人の引きつった声が届く。だが、俺は翠の冷徹な瞳に射抜かれ、弁明の言葉すら失っていた。
「はっきり言うけどさ。あんたって、本当にケチだよね。どこにも連れてってくれないし、部屋で安っぽいお菓子作って満足してるだけ。正直、つまらないんだよ。私、あんたの母親じゃないんだけど?」
「安っぽい……? あれは……!」
「いいよ、言い訳は。隆二くんは違うもん。私を『お姫様』にしてくれるの。あんたみたいな地味な男とは、格が違うのよ」
隆二が、翠の肩を抱き寄せ、勝ち誇ったように俺を見下ろした。
「だってさ、司。ちゃんと彼女を繋ぎ止められなかったお前が悪いんだよ。……おい、これ以上翠を怖がらせるなら、俺にも考えがあるぜ?」
隆二がエンジンを吹かす。排気音が、俺の言葉をかき消した。
走り去る車。残されたのは、アスファルトの上に立ち尽くす俺と、俺を「犯罪者」でも見るような目で凝視する同級生たちだけだった。
――そして、地獄の本番は翌朝だった。
講義室の扉を開けた瞬間、世界が反転した。
ざわめきが、ナイフのような沈黙に変わる。
俺が一歩進むごとに、波が引くように人が離れていく。
「……司。お前、マジかよ」
昨日、飯の約束をしていた同級生が、軽蔑を隠そうともせずに吐き捨てた。
「翠ちゃんから聞いたぞ。お前、以前から彼女を束縛して、暴力まで振るってたんだってな? 昨日も正門前で彼女を殴ろうとしたって……隆二がいてくれて助かったって、翠ちゃん泣いてたぞ」
「違う……! 俺は、そんなこと――」
「俺たちも見たんだよ、お前が翠ちゃんを追い詰めてる姿を。見損なったよ。お前がそんな卑怯な奴だったなんてな」
スマホの画面には、翠が加工した「被害」の嘘が、正門前での「目撃証言」と共に拡散されていた。
信じていた世界が、たった一晩で、俺を排除するための檻に変わっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
人は、簡単に距離を取ります。
そしてその理由を、確かめようとはしません。
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