すれ違い
※全体的に修正しました。
かつての俺たちは、間違いなく「普通」だった。
高校の帰り道、コンビニの肉まんを半分こして笑い、安いイヤホンを片方ずつ耳に入れて同じ曲を聴く。
「また寄り道するつもりでしょ?」「顔に出てる?」なんて他愛のない会話が、世界で一番価値のあるものだと信じていた。
――大学に入るまでは。
「また来てるんだ、司の家。もっといいとこ行きたいな」
翠が俺の狭いアパートのソファに寝転び、スマホをいじりながら呟く。
「落ち着くだろ。……今日は自信作があるんだ」
キッチンから甘い香りが漂う。
俺が作っていたのは、最高級の豆を使った特製スイーツ。店で出せば数千円はするような一皿だ。
「……おいしい。司、やっぱり天才だよ」
一口食べた翠の顔が、一瞬だけ昔のような純粋な笑顔に戻る。
その顔が見たくて、俺は独学で技術を磨き、一方で密かに「竜神TEC」への投資を加速させていた。
(もう少しだ。もう少しで、翠を驚かせるような『結果』が出る)
二人の将来のために、今は贅沢を我慢して、軍資金を増やす。
それが俺なりの、翠への愛の形だった。
「ねえ、司。たまにはさ……外に行かない? この前インスタで見たお店、すごく綺麗で、みんな行ってるんだよ」
「ああ……。ごめん、また今度な」
俺は軽く流して、画面のチャートに目を戻した。
今ここで数万円を浪費するより、一秒でも早く「本物の資産」を築きたい。
「……そっか。司はいつも『今度』だね」
翠の笑顔が、薄氷のように儚く消えた。
俺はその冷たさに気づかないふりをして、キーボードを叩き続けた。
――違和感は、そこから侵食を始めた。
翠がスマホを離さなくなった。
以前はテーブルに放り出していた画面を、今は裏返して置く。
通知が鳴るたびに、彼女の指が、俺の知らない誰かとの会話に吸い込まれていく。
ある日、教室の机の上に置かれた見慣れない小さな箱。
開けなくてもわかる。高価なブランドのロゴが入ったアクセサリーケースだ。
「それ、どうしたの?」
「あ、これ? 友達……そう、女子会のプレゼント交換でもらったの」
翠は、ほんの一瞬だけ目を逸らした。
その「一瞬」が、俺の心に冷たい棘を突き刺す。
(……聞くな。聞けば、何かが壊れる)
俺は、彼女の嘘を飲み込んだ。
数日後。大学のキャンパスで、俺は「それ」を見てしまった。
常に人の輪の中心にいて、眩しいほどの陽光を背負う男――隆二。
その隣で、翠が咲き誇るような笑顔を見せていた。
俺にはもう見せなくなった、心からの、甘えた笑顔。
隆二の手が、自然に翠の腰に回される。翠はそれを拒むどころか、嬉しそうに身を寄せた。
「……気のせいだ」
俺は視線を逸らし、歩みを早めた。
今、この投資を成功させれば。
大きな家を買い、彼女に最高の贅沢をさせれば、きっと元に戻れる。
そう自分に言い聞かせ、見ないふりを続けた。
彼女のバッグの中に、俺との思い出ではない「新しい輝き」が増えていくのを。
――その先に待つのが、「裏切りの完成」だとも知らずに。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
彼はまだ、何も気づいていません。
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