契約
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今回は――
「静寂の中、すべてを賭けた交渉が始まる。これは単なる仕事じゃない。俺が支配を取り戻すための、最初の一歩だ。」
都心にそびえる『なんと商事』。その最上階にある会議室は、吐息すら凍りつきそうなほど静寂が支配していた。
重厚な扉を開け、俺はたった一人でその場に足を踏み入れる。
こちら側には、俺だけだ。
神谷課長に嗅ぎつけられれば、確実に手柄を横取りされる。奴に隙なんて与えない。この契約は、俺が俺の力だけで完結させる。
テーブルの向かいには、業界で「鉄の女」と恐れられる石井部長、そして担当の南さんが控えていた。
まさか、石井部長本人まで同席するとは……。俺の提出した資料が、それだけ彼女たちの目を引いたということか。
この契約が成立すれば、俺の評価は確固たるものになる。だが、失敗すれば終わりだ。
会社の命運を左右する極限の商談。俺はネクタイを締め直し、真っ直ぐに背筋を伸ばした。
石井部長が、俺の提出した契約書を手に取る。
カサリと、紙が擦れる音が妙に大きく響く。彼女がそれをテーブルの端に置くまで、数秒間の静寂が場を支配した。俺は、わずかに呼吸を止める。
「……本田さん」
「はい」
石井部長の声が、硬質な響きを持って会議室を満たす。
「……完璧です」
担当の南さんが、驚きに息を呑んだ。
「我が社と御社、どちらにも最高の利益が出る絶妙なライン。……文句のつけようがありません。よく出せましたね、こんな数字。感服いたしました」
石井部長の鋭い眼光が、獲物を射抜くように俺を捉える。
俺は内心「やった……!」と小さく安堵するが、表向きは表情を崩さない。
「ありがとうございます。それが最も合理的であり、必然的な結果ですから」
簡潔な言葉。感情を削ぎ落としたその回答が、彼女たちには「圧倒的な自信」と「揺るぎないロジック」として映ったようだ。
石井部長は満足げに口角を上げると、サイン済みの契約書を俺の方へと滑らせた。
「お見事ね。……次からは、最初からあなたを交渉担当に指名させてもらうわ」
資料を閉じる音が、妙に高く響く。
契約締結。
鞄に書類をしまいながら、俺の指先に、確かな「勝利の感触」が残る。
(……これで、俺の支配は盤石になる)
脳裏に浮かぶのは、俺を無能扱いした神谷の嘲笑。俺の手柄を横取りし、俺の日常を、人生を壊したあの男の顔だ。
だが、今の俺には力がある。この成果を積み上げれば、奴の地位も、名誉も、何もかもが俺の掌の中だ。
俺は席を立ち、一礼する。
この完璧な成果を持って、俺は神谷が支配する地獄へと帰還する。
いや――
俺が支配すべき、あの新しい地獄へと。
ツカサは全てを取り戻す事ができるのでしょうか?
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