覚醒
【お知らせ】
カクヨムで本作のリメイク版を始めました。
内容はそのままで、文章を読みやすくリライトしたものです。
興味がある方はぜひ!こっちも変わらず更新していきます。
線を引く。関わらない。それが一番だ。
あのときと同じ過ちを繰り返さないために、そう自分に言い聞かせてきた。だが、今の俺は、あのときの俺とは違う。
神谷と葵。
オフィスの一角で、二人はまた自然に寄り添っている。神谷がモニターを指さすと、葵がそれに呼応して微笑む。最初からそうなることが決まっていたかのような、完成された調和。無機質なオフィスの空気の中で、二人だけが別の楽園にいるかのように浮き上がって見える。
――あはは、本当ですか?
葵の声。
その響きが、俺の鼓膜を物理的な質量を持って殴りつける。
……痛い。胸の奥が、焼け付くように痛い。
いけない。今、ここでその痛みを認めたら、俺という人間は内側から崩壊する。
葵という存在を「恋慕う対象」として認識し続ければ、俺はまたあの地獄へ引きずり込まれる。
(……止めろ。遮断しろ)
脳内で、冷酷な回路が切り替わる音がした。
自己防衛機能だ。心が壊れないように、あいつを、あいつへの想いを、感情の断層の向こう側へ隔離する。
葵は、葵ではない。ただの同僚。ただの視覚情報。
そう再定義し、俺は冷徹な仮面を被る。
……ああ、本当にどうでもいいな。
視界が、景色が、ひどく冷徹に透き通っていく。
心臓を締め付けていた喪失感は、氷のように凍りつき、感覚が消え去った。
ふと、指先がキーボードの上で止まった。
待てよ。
俺はなぜ、今まで「嫉妬」なんていう、みみっちい感情に時間を浪費していたんだ?
葵が神谷と話している? そんなことはどうでもいい。
あいつらは、単に「仕事」というフレームの中で踊っているだけの背景だ。
そのフレームを壊して、俺の手の中に書き換えてしまえば、全部終わりじゃないか。
ふと、背筋に冷たい電流が走った。
心臓が、今までとは違う、冷徹で規則正しいリズムで刻み始める。
……高揚だ。
今まで抱えていた重たい澱が、急激に熱を帯びていく。
俺に必要なのは、あいつらの動向などではない。
俺自身の価値の証明だ。
この案件を、俺が完全に掌握する。
今抱えている『なんと商事』との契約。これを成功させてみせる。それも、誰もが震え上がるような完璧な形で。
俺がこの案件を支配すれば、俺なしではこの部署が機能しない状況を強制的に作り出せる。神谷に葵のサポートなどさせない。二人で話す時間? そんな隙間も、俺の仕事の密度で塗り潰してやる。
神谷なんてただの無能な背景キャラに格下げだ。
俺が作り上げる「圧倒的な成果」という盤面の上で、誰もが俺の采配を待つことになる。
(……面白い。最高だ)
視界がクリアになっていく。
嫉妬で曇っていた景色が、今は「狩場」に見える。
俺の作り上げた結果の中で、全員が俺の存在を意識せざるを得ない状況に追い込んでやる。
思考が冴え渡る。
キーボードを叩く指が、軽快に踊り始めた。
俺は、今、とんでもなく興奮している。
誰の視線もいらない。誰の承認もいらない。
ただ、この歪んだ支配のゲームを、俺が勝つだけだ。
「……始めるか」
誰にも聞こえない声で、愉悦を隠さずに呟く。
画面に映る数字の羅列が、まるで獲物の心拍数のようだった。
この高揚感は、誰にも渡さない。
俺は、俺だけの地獄を楽しんでやる。
『なんと商事』との契約を完遂させ、このオフィスを俺の支配下に置く。
さあ、完璧なゲームの始まりだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ツカサは覚醒した。
それは、冷徹な支配者への第一歩か。それとも、ただ自分の脆い心を守るための防壁か?
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