距離
お読みいただきありがとうございます。
何気ない距離。
何気ない会話。
――その中にある違和感に、気づくかどうか。
静かなまま進みますが、確実に何かが動いています。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。
違和感は、小さなものだった。
最初は。
「ここはな、こうやると早い」
神谷の声。
その隣に、葵がいる。
「……なるほど」
静かに頷く彼女。
距離が、近い。
あまりに自然な距離感。
(……なんだよ、それ)
視線を落とす。関係ない。そう、自分に言い聞かせる。
だが、耳が勝手に拾ってしまう。
「葵ちゃん、飲み込みいいな」
「そうですか?」
「いや、普通こんなすぐ理解できねえよ」
「教え方がいいんじゃないですか?」
ふわりと笑う。
柔らかい表情。見たこともない顔。
(……は?)
思考が止まる。
あんな風に笑うのか。知らなかった。
いや、知る必要もなかったはずなのに。
視線が、逸らせない。
「まあな。ついてくるなら、ちゃんと引き上げてやるよ」
「期待してます」
即答だった。間も、迷いもない。
そのやり取りが、やけに刺さる。
(……なんだよ、それ)
胸の奥がざわつく。落ち着かない。
ただ、気に入らない。それだけは、はっきりしていた。
気づけば、手が止まっていた。
「司?」
高橋の声。
「あ、いや。何でもない」
我に返り、無理やり仕事に意識を向ける。だが、さっきの光景が頭から離れない。
何度も、何度も浮かんでくる。
無言でペンを走らせる。その横で。
「……葵ちゃんさ」
神谷の声が、少し低くなる。
「今日も就業後に……」
一瞬の、間。
葵がわずかに首を巡らせる。
何かを考えたような、ほんの一瞬。
「……大丈夫です」
はっきりと、言った。
自然に。何の違和感もなく。
その瞬間。
胸の奥が、強く締め付けられた。
(……ああ)
理解してしまう。認めてしまう。
見たくなかったものを。
「……そういうことかよ」
誰にも聞こえない声で呟く。
目を閉じ、開く。
もう、見ない。関わらない。
そう決める。
(……もういい)
心の中で、線を引く。
あのときと同じ失敗は、繰り返さない。
近づかない。それでいい。
ここまで読んでいただき、ありがとうごさいます。
重苦しい回でしたが
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