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12/16

歪んだ評価

ここから舞台は、社会人編へ。


場所が変われば、ルールも変わる。

評価も、人間関係も、すべてが“別物”になる世界で――

ツカサの物語は続きます。


そして。

新しい環境には、新しい“歪み”がある。

 静寂を支配するのは、規則正しいキーボードの打鍵音だけ。無機質なオフィスで、その音だけがやけに神経を逆なでするように響いていた。


「……終わりました」


 俺――本田司は、淡々と資料を差し出した。

 この数日間、寝食を削って練り上げた企画書だ。完璧なデータ、精緻な分析。これ以上ない出来だと自負している。


 神谷は資料を一瞥すると、手にも取らずにデスクへ弾き返した。

 ペチリ、と乾いた音がオフィスに響く。


「……はあ。お前、いつになったら成長するんだ?」


 神谷がため息交じりに言い放つ。周囲の視線が一斉にこちらへ集まるのが分かった。

 俺は表情を変えない。変えることなど許されないと、この男は知っているからだ。


「この項目、分析が浅いな。論理的じゃない」

「ですが、それはクライアントの意向を反映したもので……」

「言い訳はいらん」


 神谷は俺の言葉を遮り、わざとらしく大きく肩をすくめて見せた。


「仕方ない。せっかくの企画が台無しだ。俺が最後まで責任を持って仕上げてやるから、お前はコピー取りでもしてろ」


 神谷は周囲に聞こえるように笑ってみせる。「甘いな」と俺を小馬鹿にするように。

 そのまま自席に戻ると、俺が徹夜で仕上げた企画書の末尾に、まるで自分の手柄であるかのように堂々と『作成者:神谷』と打ち込んだ。


 オフィス中が嘲笑に包まれる。

 俺の努力をゴミのように扱い、自分の実績として塗り替える。それを「教育」という名の暴力で正当化する。

 誰も何も言わない。言えない。この男は出世コースに乗っており、上層部への顔も利く。そんな神谷の機嫌を損ねれば、自分の立場まで危うくなることを、誰もが知っているからだ。


「……またやってるな」


 隣の席から、同僚の高橋が苦々しげに吐き捨てるのが聞こえた。

 俺は答えない。ただ、自分の手元に視線を落とす。

 怒りよりも先に、胸の奥が冷たく凍りつくような感覚が走る。


 ――そのときだ。


「葵ちゃん」


 神谷の声が、湿っぽく甘く蕩けた。

 ターゲットは龍神葵。


「仕事、困ってるだろ? 俺が教えてやるよ。今夜、飲みながらでもどうだ?」


 周囲がざわつく。神谷のその誘いは、誰もが知る“口説き”の合図だ。

 隣では、高橋が「……またやる気かよ」と、呆れと怒りが混ざった溜息を吐いている。


 葵は、一瞬だけ驚いたような顔を見せた後、パァッと花が咲くように顔を綻ばせた。


「……本当ですか? 神谷さん」


 その声は、どこまでも純粋で、期待に満ちているように聞こえた。

 彼女は一歩、神谷に近づく。

 その距離は、明らかに近すぎる。


「私、神谷さんの仕事の仕方、ずっとすごいなって思ってて……。ぜひ、色々と教えていただきたいです!」


 神谷の口元が、勝利を確信したように歪む。

 葵はその歪みに気づいていないのか、それとも見ないふりをしているのか。彼女は神谷の腕に手を添え、まるで宝物を見るような目で彼を見上げている。


「任せとけ。俺が直々に叩き込んでやるよ」


 神谷は葵の肩を抱き寄せ、そのままオフィスを出て行った。

 二人の背中が遠ざかっていく。


 俺は、ただそれを見つめることしかできなかった。

 ――おい、葵。

 お前、まさか本気じゃないだろうな?


 神谷が何を考えているのか、あんな男の何が「すごい」のか。

 今の葵の目には、神谷が「頼れる上司」にしか見えていないのか。


 胸の奥で、正体不明の熱が暴れる。

 神谷に対する怒りなのか。それとも、あんな男にまんまと乗せられている(ように見える)葵への苛立ちなのか。


――数週間後――


「……おい、司」


 高橋が俺の肩を叩く。心配そうな目だ。


「あの二人、また飲みに行ってるぞ。連日だよ。お前、あいつのこと……」


 俺は高橋の言葉を遮るように、視線をモニターに固定した。

 キーボードを叩く指が、微かに震えている。


 神谷に情報を抜かれる。

 葵が神谷の色香に堕ちて、骨抜きにされる。

 そんな未来が、鮮明に脳裏をよぎる。


 俺は、そんなことはさせない。

 彼女がどうなろうと知ったことか。……いや、違う。


 俺は、俺自身が葵を救いたいのか?

 それとも、葵が他の男――あんなクズに汚されるのが、耐えられないのか。


 葵、お前は一体何を考えているんだ。

 その笑顔は、演技なのか。それとも……。


 俺は、神谷への憎悪よりも遥かに深い、得体の知れない不安に突き落とされていた。

 彼女が明日、どんな顔で出社してくるのか。

 俺は、その顔を見るのが怖かった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


ここからは社会人編。

大学とは違う“評価の歪み”が、少しずつ表に出てきます。


そして――

この先も、簡単にはいかない。


続きもぜひ、見届けてください。


面白いと思っていただけたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
こんな男に引っかかるなら『その程度の女』なんだよ。主人公、何を振り回されているのやらw しかもこんな男が出世コース。リアルでもそんなものだけど、やるせませんなぁ┐(´д`)┌ヤレヤレ
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