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□第9話 ピクニック

 ケントが10歳になった、ある日のこと。


「ケント、ピクニックに行くぞ」


「わーい」


 すっかり父親感が板についてきたヨシトが、ケントを呼ぶ。

 隣にはちゃっかりアカネがいて、ふたりの手は固く繋がれている。ほんとにラブラブである。このふたり。


「どこいくの?」


「うーん、今日は山に行こうか」


 一応確認しておくが、ここはバステール島である。あんまり強力な魔物が多いものだから、上陸調査すら断念されて10年が経つ島だ。オクムラ家の3人を除いては人っ子ひとり住んでおらず、上空には常にワイバーンが舞っている。

 内陸部にはもっともっと戦闘力の高い魔物が蔓延っているわけだから、通常戦力で突入しようと思ったらもうこれは国家事業である。大隊が一瞬で溶けるような世界だ。

 そんな「山」に、親子連れ3人できゃっきゃうふふ乗り込むアホが勇者一家だ。まあ、それができるほどの実力があるからなのだが。


「お弁当は?」


「今日は向こうで作ろう」


「何狩るの? 僕にまかせて!」


 あまつさえ「狩る」とか、10歳の子供が発してよい言葉ではない。

 普通の8歳の子供は、魔物どころか普通の獣に出くわしても命からがら逃げ出してくるのが精いっぱいじゃなかろうか。それはニホンでもシストリアでも変わらない。


「そうだなあ、アカネ、何か食べたいのある?」


「今日はさっぱりがいいかな」


「じゃあコカトリスあたりかね」


「アンフィスバエナかウロボロスでもいいわ」


 石化の魔眼を持つ怪鳥も、恐るべき蛇の魔物も、彼らにしてみれば等しく食肉の供給源であるらしい。どれも鶏肉と似た味がするのだ。

 相談が終わると、彼らはそのまま手ぶらで家から出て、内陸の山の方へ向かう。必要なものはだいたい、空間収納に入っている。


 しばらくのんびりと歩いて、だいぶ緑が深くなってきたあたりで、ヨシトがよし、と言う。


「さーて、今日はどんな魔物がいるかなー。ケント、よろしく」


「うん!」


 ケントが、威圧にならない程度の強さに調整した魔力を薄く薄く広げていく。全指向性のレーダーを、魔力で再現して索敵を行うのだ。

 魔物は魔力を纏っているから、通常の植物とか木とかとは簡単に区別できる。


「ワイバーンと、カエルと……あ、鳥もいる!」


 首尾よく鳥型の魔物を見つけたケントが、方角を指で示す。他の方向には威圧を飛ばして、目的以外の魔物は遠ざけているのだから、器用なことである。

 最近のケントはもうだいぶ強くなったし力の加減もできるようになってきたので、ピクニックする時にも、勇者夫妻が武器を抜くことはなくなってきた。彼らにしてみれば、本当にただの、子連れピクニックデートなのだ。一緒に行く友人家族はいないけど。


 親ふたりも魔力を飛ばして、鳥魔物の存在を確認する。


「コカちゃんかな?」


 人里に出ようものなら街が壊滅するくらいの被害を及ぼす魔物のことを、よりによって愛称で呼ぶこの女。勇者で、戦闘力は折り紙付きだから仕方ない。


「ちょっと大きい気もするけど……まあ、行ってみよう」


 3人は、数キロ先の魔物に向かって駆け出した。

 これもかけっこのつもりで遊んでいるのだが、ねえ。1秒で1km移動できるのは、かけっことは言わないだろう、ふつう。


 * * *


 すぐに彼らは、鳥型の魔物がばっさばっさとしている姿を見つける。


「ホワイトじゃん」


 そこに飛んでいたのは、全身に純白の羽を生やしたコカトリスであった。黄色く光る目が、ぎろりと3人の方を睨んだ。


「アルビノって名付けたんじゃなかったのか」


「ただのアルビノだったら眼まで赤くなるでしょ」


 石化の魔眼で睨まれたにも関わらず、オクムラ家の3人は平然と会話を続ける。

 魔力を纏って、自分の状態への干渉を弾いているのだ。さすが勇者とその息子。


「じゃあケント、魔法は土だけ、魔力量0.1%まで。お肉は食べられる状態で」


「うん! やってくる!」


 騎士団をフル出動させて何とか倒せるかどうかというところというコカトリスの変異体に対して、息子を極端な縛りプレイで挑ませる親と、にこにこしながら向かっていくケント。

 めちゃくちゃであるが、彼らにとってはこれが日常である。


 首尾よく手際よくケントはコカトリスを屠り、今度は家族総出で、肉の採取を始める。

 3人で巨大な魔物の肉など到底食べきれないので、余った分は持ち帰ってペットに与えるのだ。鱗や羽などの素材は余る一方なので、倉庫スペースに山ほど積まれている。


「どこ食べる? ムネ? モモ? テバ?」


「テバはちょっと昼にはでかくない?」


「モモでいいか……っと」


 空間収納からフライパンだけを取り出して、アカネがケントに渡す。


「ケント、今日は新しいことを教えるよ」


「新しいこと?」


「今まで、料理するときは火魔法を使ってたよね?」


「うん」


「でも火は燃え移っちゃったりするし、焦げ付くしで、結構めんどくさいじゃない。だから、フライパン自身に発熱させる技術を教えるわ」


「おおー」


 アカネが、IHの仕組みをケントに伝授する。

 フライパンを通すように磁界を発生させて、それの向きを1秒間に2万回のペースで反転させ続ければいい。磁界の変化が電流を生み出し、その電流が金属の中でジュール熱を発生させることで、フライパンが熱くなるのだ。さすがに向きを手動で切り替えるなんてことは無理だから、反転のところまで込みで魔法の組み立てを行う必要がある。


「じゃあ、やってみて」


「ん」


 一口大に切られたコカトリスのモモ肉が、じゅうじゅうと音を立て始める。おなかが空いていることもあるのだろうが、さすが勇者の息子、一発でコツを掴んだ。まだ周波数は安定していないが、それもそのうちなんとかなるだろう。

 磁力自体目に見えないし、感知するのも難しいから、下手な範囲殲滅魔法よりよっぽど難しい技術であった。ちなみにシストリアでは、ただ単に磁力を発生させるのだけでもマイナー魔法だ。攻撃には使えないので。


「おお! さすがケント!」


「一発なんて……やっぱりすごいわ!」


 まだフライパンを持ったままのケントを、ふたりで挟んでぎゅーっと抱き着く。

 やっぱりこの勇者夫婦、ただの親バカである。いや、ケントのやってることは十分すごすぎるのだが。

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