■第10話 スラちゃん
「ごちそうさま」
白い"コメ"は、だいぶリゼットの口に合った。
最初によそわれた分だけでは足りず、鍋の中に残っていた余りの分まで、彼女はぺろりと平らげてしまった。
「どうも。食べ切るとは思ってなかったよ」
「うるさいわね! その、」
おいしかった、などとはっきり言ってしまったらこいつをますますつけあがらせるだけだと思ったリゼットは、喉元まで出てきていた言葉を飲み込む。
「余らせたらもったいないと思ったから、わたしが食べてあげただけよ」
「はいはい」
ケントからしてみれば、余ってしまったら"おにぎり"にでもして持って行こうかと考えていたので、どっちでもよかったのだが。
それでも、自分の作ったものを美味しそうにぱくぱく食べるところを見るのは、彼にとっても嬉しいことであった。
「ねえ、ケント」
そしてリゼットはというと、さっきもお礼を言ったのにこういうところでいちいち律儀であった。
「改めて、ありがと。お礼に片づけ手伝うわ。洗い物は任せて」
颯爽と鍋を引っ掴みながら、リゼットが言う。
「ん?」
持ち上げて、ケントが使っていた鍋をまじまじと見つめて、リゼットはやっと気付いた。
携帯性重視の、ぺらぺらの、とりあえず水さえ漏れなきゃいいでしょ、みたいな鍋じゃあないのだ。ちゃんとした、しっかりした、厨房での調理で使うような鍋である。
「待って、あんたこれ担いできたの?」
「担ぐ?」
「この鍋」
「まあ、そりゃ」
「バカ?」
まだ朝早いというのに、この日二度目の罵倒が入った。
「バカじゃねーよ」
ケントの父と母はよく、「バカっていう方がバカなんだ」と、痴話喧嘩を繰り広げていた。
そんなことを思い出しながら、ケントは返事をする。
「いや、バカでしょ。バカ以外のなにものでもないわ。どうして旅に出るのにそんな重い鍋持ってくるの? 他にもっと大事な荷物あるでしょ?」
イルミナティオに辿り着いている時点で旅自体は成功というか一段落しているので、もはや過ぎた話ではあるのだが。リゼットは何となく、腹の虫の居所が悪かった。
「重い?」
「重いでしょうが!」
リゼットは騎士の娘であるが、それ以上に本の虫であった。
インドア派のもやしっ子には、一般的な鍋もちょっと重く感じた。両手でえいっとやらないと持ち上がらないくらいには。
「そんなこと言っても、全部この中入れてるし」
そう言って、ケントは虚空から、棒の先に硬い毛が何本も植えられた道具を取り出した。
「何その手品……じゃなくて、まさかあんた、それ、空間収納?」
「ん? ああ」
「時空魔法まで使えるなんて……もう本当になんでもありじゃない……何よこいつ……」
リゼットはもう、驚く気力もなくなっていた。
* * *
「なるほど。旅道具というか、日用品は全部その中なわけね。便利ねー」
鍋も、"チャワン"という名の器も、コメすらも、その中に全部しまい込んでいるのだとか。
「ん? そしたら、あのかばんには何を入れてるの?」
はじめてケントとリゼットが出会ったときにも背負っていた、彼のかばん。
全部、空間収納に入ってしまうのだし、かばんも不要である。空間収納なら、いちいちかばんの口を開けるような作業をしなくとも、いつでもどこでもどんな体勢でも物を出し入れできる。
「ああ、そういえばまだ見せてなかったな」
ケントが立ち上がり、かばんの口から缶を取り出した。
「スラちゃん、よろしく」
そしてこう言いながら缶のふたを開け、その中身を、まだ米粒のこびりついている鍋に入れた。
「え?」
銀色の缶の中から、銀色の流体がこぼれ、銀色の鍋にすっぽりと収まる。
「すらちゃん?」
「生きてる奴は空間収納の中入れられないからな。仕方なく」
「すらちゃんって……まさかこれ、スライムなの?」
リゼットの知っているスライムは、半透明で、緑色とか青色とかをしているやつだ。
戦闘能力自体は弱いのだけれど、体の中に酸を持っているから、金属の武器で戦うと後始末が大変だと、リゼット父がよく零していた。
「うん。うちの近所にいたから捕まえたんだよ」
リゼットがおそるおそる鍋の中を覗き込むと、銀色の流体がふるふると蠢いていた。
「うう……」
見ているうちに鍋から一部が溢れ出し、隣に置かれていた茶碗に達するとそれを包み込む。
いつか本で読んだ「水銀」というのはこんな感じなのだろうかと、リゼットは思った。
「スライム……金属質のスライム……メタルスライムってところかしら」
ゴーレムにはウッドだったりアースだったりメタルだったりがいるので、そのあたりから連想したリゼット。当たらずとも遠からずである。
このスライム、実はミスリルスライムなのだが、オクムラ家は誰も、魔物の細かい名前など気にしないまま「スラちゃん」とだけ呼んでいた。やっぱりおかしい。
「スラちゃんだ」
「種族名じゃないわよね?」
「スラちゃん」
変なところで、ケントはこだわりが強かった。
「というか待ちなさいよ。一応スライムなのよね? 酸よね? 金属の表面大丈夫なの?」
酸による腐食を防ぐためには、銀などの貴金属を使うしかないと、書庫でリゼットは学んでいた。
とはいえ、さっきからスライムが入っているこの鍋、そんな上等なものには見えない。とても一般的な、ふつうの、鉄に見える。
「ああ、大丈夫だよ、そこは。これステンレスだから」
またケントから新しい言葉が飛び出して、リゼットは何度目かの溜め息をついた。
それでも、悲しいかな、リゼットは本が大好きであり、知識に飢えていた。だから、する――せずに聞き返してしまう。
「はい?」
「ステンレス」
「す、すってん?」
「だから、stainless。『錆びない』って意味らしいぜ。かっこいいだろ」
異世界ニホンの科学技術は、シストリアの魔物が生み出す強力な酸に対しても、地味な勝利を収めているのであった。




