□第11話 銀色流体まんじゅう
ある日のこと。
まだ幼いケントは、ひとりで家の外をふらふらとしていた。
危険極まりない魔物がわんさか蔓延っているバステール島である。
普通なら、人間の子供が外で放置されることなんてありえないのだが、まあそこは勇者一家クオリティであった。逆に無秩序にケントを放とうものなら、目についた魔物を全て狩りつくしてしまいかねず、バステール島の生態が危うい。
「結界の中までしか行っちゃだめよ?」
「うん! わかってる!」
一応、勇者夫婦の躾の甲斐あって、これくらいの指示行動はできるようになっていた。
ニホンなら、小学校のお受験を考えられるレベルだ。
ともかく。
ケントは結界の中――つまり、一家の生活スペースの中で自由に遊ぶことを許された。
ちなみに、ヨシトは山で柴刈りを、アカネは川……じゃなく、自前の水魔法で洗濯をしている。
結界の中には、一家の暮らす家の他、野菜を育てる家庭菜園、戦闘訓練をするスペース、そして余ってしょうがない魔物の素材をとりあえず放り込んでおく倉庫があった。
ケントはしばらく外をふらふらして、魔法の練習をしたりしていたのだが(もちろん威力は抑えている)、やがて倉庫に足を踏み入れた。
天井の高い倉庫の中には、ワイバーンやコカトリスといったその辺によくいるモンスターの素材が大量に積まれている。鱗や爪の1つでも、一般的な家族がひと月は暮らせる価値のある素材であるのだが、流通網が存在しない以上はこうして積んでおくことしかできない。
倉庫の奥の方にはドラゴンとかリヴァイアサンとかそういうちょっと強い魔物の素材が、こちらはある程度整理された状態で並べられていた。とはいっても、ドラゴンの鱗はここ、リヴァイアサンのひげはここ、といった具合なのだが。
そんな感じにずらっと並んだ稀少な素材の中に、妙に輝く、変なヤツがいた。
カーバンクルの宝玉の横で、銀色のべちゃっとした液体が蠢いている。
「ん?」
ケントが近づいてよく見ようとすると、銀色に輝くそいつはふるふるっと震えて盛り上がり、まんじゅう状になった。
「なにこれ?」
ケントは、怖いもの知らずであった。実際、彼にとって怖いものなんてあったら世界が何度滅んでいてもおかしくないのだが。
彼は人差し指で、銀色のまんじゅうを突っついた。金属質に輝いているのとは裏腹に、まんじゅうの表面がへこんで彼の指を包み込む。
ひんやりとした感触に、ちょっとびっくりしたケントは指を引っ込めた。
銀色流体まんじゅうの一部がちぎれて、指についてきた。
「んー?」
彼が手をぱんぱんとして振り払うと、ついてきた分の銀液体は床に落ち、動かなくなった。
それを知ってか知らずか、本体の方が体をぎゅっと縮め、ケントに飛びつく。
「わっ」
ぼーっとしていたケントは、まんじゅうの攻撃をまともに食らってそのままひっくり返ってしまう。
流体まんじゅうは仰向けに倒れたケントの胸の上に乗り、ぴちゃぴちゃと飛び跳ね始めた。
その時。
「ケント! 大丈夫?」
しゅわんという音を響かせ、アカネが倉庫に転移してくる。
ケントの身に何か起きたら自動でアカネのもとに通知が行くような仕組みが組み上げられているのだ。魔法版のみまもるくんといったところか。
「なんだ……メタルスライムじゃない。でも、よくこんなところに来たわね」
スライム種の中でも珍しい、金属としての性質を併せ持つ個体である。
間違っていないのだが。間違ってはいないのだが。こいつはその中でもとびっきり上等の、ミスリルスライムであった。
「あ、おかーさん。なにこれ?」
「メタルスライムっていうの」
「へー」
スライム中最強の種族(質量もミスリルだけあって、結構なものだ)にのしかかられているのに、のんきなものである。
「……もしかしてケント、スライム見たことなかったっけ?」
ここはバステール島。
通常のスライムなど、発生したところで一瞬で駆逐されてしまう。
ここで育ったケントは、これがスライム種を見る初めての機会であった。
「すらいむ?」
「うん、スライム。そんな感じでね、どろっとしてる魔物なの」
「へー」
「ほら、立ちなさい。どかすから」
アカネが魔法を使ってスライムを倒そうとすると、ケントが抗議の声を上げる。
「え? たおしちゃうの?」
アカネは、魔物は見つけ次第討伐するのが基本であった勇者時代の慣習が抜けていないのだ。
「やだ」
ケントが寝転んだまま、両方の腕で、胸の上の銀色流体まんじゅうをぎゅうと抱きしめる。
「かう」
「え?」
「かうの!」
「ああ、飼う……飼うの? ほんとに?」
そもそも、ここはアカネの張った結界の中である。
人間に敵意を持った存在は入ってこれないようになっている。まあ、よっぽど強いと力押しで入ってくることもできるのだが。
このスライムは、明らかに、何も考えていない。アカネはそう感じた。
「だめ?」
「……いいわ。ちゃんとお世話はしなさいよ?」
アカネは、そこまで手はかからないだろうと判断した。それこそケントでもなんとかなるくらいだと。
あと、将来的に、この魔物はうまく使えば便利なはずだ。ごみ処理とか。
「わーい!」
この日から、ケントはペットの「スラちゃん」を飼い始めたのであった。




