もう一人の吸血鬼
クスクスと笑い声が壁越しから聞こえる。教室の中には同級生の女の子が数人いた。教室の扉は開いていて、同級生の声が壁越しにも伝わってくる。
「ほんと、やさしーよね」
「マジでそう」
少女たちの言葉と裏腹に少し馬鹿にした響きがあった。
「えっまた、掃除代わってもらったの?」
「うん、『朝倉さ~ん、今日掃除代わってくれな~い』って!」
「何回目だよ!最低~」
少女たちは甲高い声をあげて嗤う。
「普通、気づくでしょ。素直っていうかバカだよね~!」
少女の一人が加害者であるにも関わらず、責める様に言った。廊下の窓から西日が差し込み、椿の目を鋭く刺激したが、彼女はその場でずっと動けずにいた。
朝は起きると身支度をして、クローゼットの中にある自分でも着られそうで、比較的動きやすそうな服を選び着替える。そして、部屋の扉を開ける。
部屋を出て少し歩いたところにダイニングルームに行くと、何十人と一緒にご飯が食べられそうな長い食卓があった。その一番奥の正面の席に男が座っていた。男は雪のように光る美しい長髪を無動作に一つに結んで手紙を読んでいた。食卓には朝食が二人分おいてあり、男はまだ手を付けていないようだった。
「セリアモーラ」
椿が男に向かって声をかけながら椅子に座った。
「ᛋᛖᛚᛁᚨ ᛗᛟᚱᚨ」
男も手紙から顔を上げ、椿に挨拶を返した。そして、手紙は机の端の方へおき、椿と一緒に食事に手を付けた。
あの一件から椿と男は一緒に食事をするようになった。
そして、椿は自棄になり、色々吸血鬼に質問をするようになった。すると、椿が当初思っていたより案外自由に行動してよかったことがわかった。
椿は部屋の外にいつでも出入り可能で屋敷内の部屋もたいていは入っても問題がなかった。入ってはいけない部屋には鍵がかかっており、鍵がないと入ることができない。
何があるのか知りたかったため、ゴネにゴネたところ鍵のかかっている部屋の内の一つを扉の外から見せてもらえた。部屋の中は書類やらであふれており、足の踏み場を間違えたら書類や本の雪崩が襲いかかってきそうだった。物理的に危なそうな場所は鍵をかけてくれているようだ………。
相変らず男の言っていることはわからないが、最低限の挨拶などを椿にするため、挨拶程度はわかるようになった。他はサッパリだが。
ちなみに先ほど言った「セリアモーラ」という言葉は朝の挨拶らしい。
椿の側で吸血鬼男が黙々と食事をしている。見ている限り、特に苦手な食べ物などはなさそうだった。
ご飯は食べないといけないんだ。さすがに血だけだと体に悪そうだもんね。というかあの時以来、血を飲んでいるとこ見たことないな。
ご飯を食べながら男を観察していると、赤い目と目が合った。
「⟠ᚲᛖᛚ ᚡᚨᚱᚨ⸮」
「あ、ううん。なんにもない」
たぶん今のは「どうした?」みたいな意味だと思う。よく、屋敷内とか吸血鬼を観察したりしていると疑問形で聞かれる。
銀髪の男は特に気にした様子もなく手を動かすのを再開した。
この男だが基本無表情がデフォルトで堅そうだが、意外と融通は効く。私が来るまで食事を先にせずに待っていてくれるし、少しゴネたら外からだけど鍵のかかった部屋も見せてくれた。
一緒にいる時間が増えるとなんとなく感情がわかるようになった……気もしなくもない。
そして、もう一つわかったことがある。
この男は屋敷の外には絶対に出してくれない。
屋敷内には図書館がある。一日の大半、椿はそこで過ごすことが多い。読める本はほとんどないが、学校の図書館と雰囲気が少し似ていて安心するため、そこにいる。
絵がある本を読むというより眺めるのだが、今日はなんだが気乗りがしなかった。図書館に来て、本を何冊か見ていたが集中力が切れやすい。
よし、最近してなかったけど屋敷内を探索するか!
そうと決まれば、椿は本を早々に本棚のもとに戻し、廊下にでた。
赤い絨毯が敷き詰められている廊下をふらふらと進んでいると、音が聞こえたような気がした。音の出どころに近づいていくと、客間に銀髪の男がいるようだった。
この部屋にいるなんて、めずらしい……。
客間の扉は少し隙間が空いていて、その隙間から男が見えた。扉を開けようと手かけようとした時に銀髪の男と目が合った。
一瞬男が目を見開いた――次の瞬間に扉が派手な音を出して突然閉まった。
しかし、不思議なことに男は客間にいたが、扉には手が届かないほど遠い場所にいた。
何?風?
椿が戸惑って扉の前に突っ立っていると、扉が開いた。銀髪の吸血鬼がめずらしく、焦ったような声出していたが、椿の意識はそちらに向いていなかった。
「…………誰?」
見知らぬ男が扉に手をかけ、こちらを見ていた。
何?この状況……。
椿は客間のソファに座っていた。隣には銀髪の男が、銀髪の男の向かい側に見知らぬ男が座っていた。
見知らぬ男は銀髪の男と同様で昔のヨーロッパで着ていたような服を身に着けていた。銀髪の男より少し外向きの服装で銀髪の男と同様で上質そうな服の素材を着ていることが近くに来てわかった。赤ワインのような深い赤紫の髪はくせ毛なのか、その男が笑うたびにふわふわと揺れた。
赤髪さんめちゃくちゃ話すな~。
この男は銀髪男の友人なのか、ずっと銀髪に向かって話している。対して銀髪の男は反応が薄い。相槌を打つ程度だ。
まあ、ローテンションなのはいつもだけど。
そして私は赤髪さんになぜか客間に連れてこられたが、特にそれ以降話しかけられることはされず、今はとりあいず二人の様子を眺めている。
ぼーっとしていると赤髪さんがキャメル色の目をこちらに向けた。
「こっち見て、どうしたの?」
「あっ、いえ。何もすることがなかったのでただ見ていただけです」
まずい、見すぎていた。
椿は慌てて二人に向けていた視線を自分の膝に向けた。
…………ん?
「……え?い、今、なんて……?」
「こっち見て、どうしたのって言ったよ~」
「……!!!!!!!??」
こ、言葉が通じている!!なんで急に!!??
椿が驚きで言葉をなくしていると赤髪の男が口を大きく開けて笑いだした。
「アハハハ!!ほら、言ったとおりだろ、ルシアン!言葉が通じる様になったら、皆びっくりするんだ。……アッハハハッ、顔!」
赤髪が椿の顔に指を指しながら銀髪の男に向かって話しかけている。
椿はわけがわからず、赤髪男と銀髪男の顔を交互に見た。赤髪は腹を抱えて笑っており、銀髪はその様子を苦虫を嚙み潰したように見ていた。
赤髪の男がひとしきり笑った後、椿に向き直り手首にかけていたブレスレットを見せた。
「このブレスレットを使うとね、言葉が通じる様になるんだよ~」
そんなシンプルなブレスレットが翻訳機(?)なの!?どういう原理?
椿はまじまじとブレスレットを見ていると赤髪男がブレスレットを外し、椿の方へ差し出してきた。思わず、椿が受け取ったが、横から声が聞こえた。
「アルベルト、怪しい物じゃないだろうな?」
銀髪の男が眉根を寄せながら赤髪の男を睨むように見た。
え、なんか身に着けたら怖いものなの……?
ブレスレットを持ちながら椿が固まる。
「……へぇー。警戒心強いね。さすが、王族様。すごい危機管理―。」
赤髪の男が揶揄するようにたれ目をゆがめ、銀髪の男を見た。
「王族……?」
椿が疑問に思ったことをぽつりと声に出す。
「えっ?知らないの?あっそうか、言葉が通じなかったからか。」
キャメル色の目を椿に向け赤髪が話し出した。
「君の隣にいる男はね~。この国の王の息子なんだよ。」
「この国の王の息子……王の息子ってことは……王子ってこと!??」
椿がつい、声を出すと瞬時に声が割ってきた。
「違う。俺は王位継承権をはく奪されている。……わざわざこんな国の端に住んでいるからわかるだろ。」
銀髪の男が目を伏せ、鬱陶しそうに手に頬杖をつき前半は椿に後半は赤髪男に言った。
王位継承権?はく奪??なんだかややこしそうだな~。いったん、この辺の話は触れない方がよさそう。現実逃避~!現実逃避~!
「お前はそろそろ帰ったらどうだ?」
「え~!来たばっかりなんですけど~。」
ヒュと何かが風を切る音がした直後に客間の扉が誰も手に触れていないのにひとりでに開いた。
「うわっ!血操を使ってボクのこと追い出そうとしないでよ~。」
椿が一人でに扉が開いたことに目を白黒させていると、赤髪がショックを表すように大げさに肩を落としていた。
「ま、いいや。面白いものも見れたしね。」
意外にもあっさりと引き下がり、赤髪が客間を後にした。
じゃあね~と椿にウィンクをして、玄関のドアを勝手に開け帰って行った。
な、なんて自由人。風のように去っていった。
なんとなく銀髪の男の方に目を向けると視線に気づいたのか男の赤い目と目があった。
「……何か言いたいことがあるのか」
言いたいこと?言いたいこと……は普通に屋敷の外に出たい、なんだけど…………。家に帰してほしいんだけど……。
椿が考えている間も銀髪の男が目を向けている。
「あー……と。友人に冷たすぎないです……か?」
さすがに空気読んだ。ここで外に出させて~って言ってもどうせ無理そうだし。
「それだけか?」
銀髪男がさらに声をかけてきた。
えっと、他?他といわれても……あっ!
「……あのー、本当に今更なんですが、お名前聞いてもいいでしょうか?」
「………………ルシアン・ヴァレンティアだ。」
長い沈黙の後、銀髪男もといルシアン・ヴァレンティアが言った。
「ヴァレンティアさん、様。私の名前は朝倉椿です。」
椿がルシアンにぺこりと頭を下げる。
「ルシアンでいい。それに様も必要ない。」
「あ、はい。ルシアン……さん。」
「夕食を食べたか?椿。食卓に行こう」
ルシアンは満足したのかさっさと食卓の方へ足を向けた。椿も様々なことを考えたが全て飲み込んで、ルシアンの後ろをついていった。
そして、食卓につくとルシアンと椿は会話をしながら食事をとった。正確に言うと椿が静寂に耐え切れずルシアンに話しかけていた。
夕食中もルシアンはあまり口数が多いわけではないが、相槌はするし、椿の会話を拒否しなかった。
しゃべらなくてもよかったけど、なんか気まずかったし、なにより私が会話に飢えていたからしゃべり倒しちゃった。
嫌だったら言うだろう。私を簡単に気絶させることができる吸血鬼なのだから。




