歪で異物な出会いは突然に-3
「……なあ」
授業が終わって、俺はすぐに隣の眼鏡に声を掛けた。
黒板にはまだ“マウリヤ朝”の文字が残っていて、チョークの粉が白く散っている。
眼鏡は、ゆっくりこちらへ顔を向けた。そして、丸いレンズ越しに視線が止まる。
「……その……さっきは、助かった。……ありがとな」
自分からクラスの奴に声を掛ける事なんか滅多に無いせいか、無駄に声が硬くなった。
眼鏡は一瞬きょとんとして、それから肩の力を抜いた。
「ん?……ああ、あれね。別に良いよ。ああいうの、いきなり当てられると困るよね」
そいつは軽い口調で答えながら、机の上の教科書を閉じた。
「……そうだな」
「……」
それきり、言葉が続かない。何を言えば良いのか分からない。
何とか会話を続けようと口を開きかけて、結局閉じてしまう。
誰かの笑い声、廊下を走る音、椅子を引く音——。沈黙が続けば続く程、そういった雑音が耳に入る。
俺は視線を机の角に落としたまま、次の言葉を探したが、やはり何も出てこなかった。
すると、ふと眼鏡が口を開いた。
「立花君、だよね?俺、黒田 拓実。」
「……は?」
急に名乗られて、反射的にきつい声が出てしまった。
それでも、黒田は全く気にしない様子で続ける。
「立花君って、下の名前何だっけ?」
……いきなりそんな事を聞かれるとは、思ってもいなかった。そもそも、クラスの奴は大体苗字呼びだし、下の名前なんてほとんど使わない。
……何だコイツ。
「……奏介。立花、奏介」
「なるほど、奏介か。良い名前じゃん」
黒田はうんうんと頷いた。
「……別に」
胸の奥が妙にむず痒い。褒められると、どう反応して良いのか分からなくなる。
それでも、黒田はそれにも特に気を留めることなく、鞄を肩に掛けながら言った。
「世界史、眠そうだったよね」
「……悪かったな」
「いや、悪くはないけどさ」
黒田はくすっと笑った。声は軽いが、馬鹿にしている感じはしない。
「立花君って、授業中よく寝てる印象あるから」
「……うっ」
……否定できねえ。
「昨日、夜遅かったの?」
「……まあな」
俺はそれ以上、踏み込まれないように適当に言葉を濁した。
すると黒田は「そっか」とだけ言って、あっさり引いた。
「また何かあったら言ってよ。俺、歴史は得意だからさ」
「……へえ」
「じゃあ、また明日」
黒田はそれだけ言って、教室を出て行った。俺は無意識のうちに、奴の背中が見えなくなるまで目で追っていた。
気付いた時には、奴の足音も聞こえなくなっていた。
……何なんだ、アイツ。
やけに距離が近いクセに、微妙に踏み込み過ぎない。踏み込む一歩手前で止まる。
……訳分かんねえ。
俺は鞄を持ち、少し遅れて教室を出た。
イヤホンを付けようとしたが、何故か一瞬だけ手が止まった。
*
翌朝。
俺はいつも通りイヤホンを付けたまま席に着き、机に突っ伏そうとした瞬間——。
——ポン。
急に肩を叩かれた。
「おはよ、立花君」
「……?」
一瞬、誰だか分からなかった。
けど、特徴的な丸眼鏡を見てすぐに思い出した。
「ああ……黒田、だっけ」
「そうそう」
黒田は満足そうに笑う。
「昨日話したばっかなのに、今絶対忘れてただろ」
「……すまない」
「いや、別に良いんだけどさ」
「立花君って、あんまり他人に興味無いよね。他の人とは違って」
「……」
図星を突かれて、俺は俯いた。
「でもさ。俺はそういう人、嫌いじゃないな」
「は?」
意外な言葉に、俺は驚いて顔を上げると、黒田は俺の目を見つめて言った。
「だってさ、それって自分を貫いてるってことでしょ?孤高の一匹狼みたいで良いじゃん」
……その声は、妙に真っ直ぐで、冗談には聞こえなかった。
「……っ」
俺は一気に顔が赤くなった。
またしても、そんな率直に褒められるとは思ってもいなかった。
「……変な奴」
「変なのはお互い様、だろ?」
黒田は当たり前だろ、と言わんばかりに言った。
——“お互い様”、か。
この時は、奴が放った言葉が妙に引っかかった。
*
昼休み。
相変わらずイヤホンを付けたまま弁当の蓋を開けていると、またしても黒田が声を掛けてきた。
「立花君って、いつも教室で食べてるの?」
俺は片耳だけイヤホンを外す。
「……ああ」
「1人で?」
「見りゃ分かるだろ」
「ごめんごめん」
そう言いながら、黒田は何の遠慮も無く席を近づけてきた。
「俺も今日はこっちで食お」
「……は?」
「別に良いだろ?」
そう言って、パンを取り出す黒田。
「てか立花君って、弁当なんだね」
「まあな」
俺が肉巻きを口に放り込むと、黒田は「あ、それ美味しそう」と身を乗り出して来た。
それから暫く、俺は黒田の話を聞いた。
どうやらコイツは、相当なヲタクのようだ。
歴史の話になるとやたら詳しいし、アニメやゲームの話になると急に早口になる。しかもジャンルも幅広くて、事ある毎に幾つも作品を勧めてくる。……これが所謂、“布教”ってヤツか。
話題がころころ変わるのに、どれも熱は落ちずに楽しそうに話していた。
「お前、意外と多趣味だな」
「そうかも。でも、趣味が多いことって、良いことだと思うんだ」
黒田はパンを齧りながら続ける。
「1個の趣味に絞らないで、広く浅くって感じ?でも、そっちの方が楽しいじゃん」
「……へえ?」
——なんか、俺とは真逆だな。
ギターにしか興味が無い俺と、何にでもアンテナを張ってる黒田。
俺は、一つのモノに興味を持ったら、それ以外は手を出さない方だ。
ギターで生きるって決めたら、それ以外は削る。余計なモンは増やさない。増やすと、手に負えなくなるし、俺は2つの事を同時にこなせる程器用な人間じゃない。
……まあ、俺の場合は音楽にどっぷり浸かり過ぎて、他のモノは全部どうでも良く感じてるっつーのもあるけど。
でも、黒田は違う。
コイツは、探求心の塊だ。少しでも気になったモンは、とりあえず触ってみる。
興味が散らばってるのに、全部ちゃんと自分の中に納まっている感じがする。
——“広く浅く”。
奴の言う通りかも知れない。でも、俺にはそんな事、出来っこない。
そんな俺とは正反対な奴だけど。
でも、何故か嫌じゃない。騒がしいのに、ウザいとは思わない。自分でも、変な感覚だった。
——例えるなら、良い意味で“異物”。
そう思った。
*
そして、昼休みが終わるとチャイムが鳴った。
「ありがと、立花君」
黒田は立ち上がって、席を戻した。
「5限、寝るなよ?」
俺の目を見て、ニヤりと笑いながら言った。
「……うるせえな」
気が付けば、俺も少しだけ口元が緩んでいた。
そんな俺を見て、黒田も満足そうに笑う。
——なるほどな。
コイツは、多分。
俺が今まで勝手に“その他大勢”に分類してきた人間とは、少し違う。
俺は普段、自分と関係の無い他人をまとめて“どうでも良いモノ”という箱に押し込んでいる。
けれど、黒田はどういう訳か、その箱には綺麗に収まらない気がした。
ちゃんとした根拠は無いけれど、なぜか自然とそう感じた。
……まだ少ししか話してないクセに。
——それでも。
5限が始まる前の隙間時間。
今日は、すぐにはイヤホンを耳に戻さなかった。
■黒田 拓実
【誕生日】3/15
【好き】チーズバーガー
【嫌い】パスタ
【得意】世界史、日本史
【苦手】英語
今回のお話は難産でしたが、まだ未熟な高校生らしい会話になったんじゃないかなと思っています。




