志道が孕む障壁の兆し-1
今日は、ライブが無い日なのに気分が浮ついていた。
何故なら、今日は俺が一番尊敬しているギタリスト・矢神のソロアルバムが発売される日だからだ。
帰りのHRが終わった瞬間、俺は鞄を掴んだ。教室の騒めきも、帰り支度の音も耳に入らない
気付けば駅までダッシュで駆けつけていた。
*
天神駅で降り、俺はそのままソラリアステージに入った。
改札を抜ければすぐ辿り着くこの大型ショッピングモールは、天神の中心にどっしりと構えている。
俺はエスカレーターをテンポよく駆け上がり、3階へ辿り着いた。
向かった先はタワーレコード。3階と4階に跨がる九州最大級のCDショップで、時々色んなアーティストがインストアイベントなんかをやっている。
明るいJ-POPの店内BGMに、ずらりと並ぶCDの棚。音楽好きにとって、ここは一歩入るだけでテンションが上がってしまう楽園だ。
俺は店内をあちこち巡り、目当ての品を探した。そして、邦楽コーナーの端っこで、俺の足は自然と止まった。
——あった!
そこには、俺の探していたモノが綺麗に並んでいた。
黒地の背景に横たわるリアルな髑髏と人骨。中央には青く刺々しいフォントで『反骨砕身』と書かれている。重たい世界観を真正面からぶつけてくるようなジャケ写だ。
——そう、コレだ。
俺はケースを手に取り、裏返した。そこには、矢神のアー写が印刷されていた。
長い金髪のポニーテールに、青のカラコンでこちらを睨む矢神。黒革のジャケットには無数のチェーンがついていて、首元には十字架のネックレスがぶら下がっている。
「やっぱかっけえな……」
思わず零れた言葉は、自分でも驚く程素直だった。中二めいたジャケ写も矢神の姿も、俺の心をくすぐった。
綺麗に陳列されたCDの横には、スタッフ手書きのPOPが掲示されている。
青色のペンで縁取りされた小さな紙に、温かみのある文字でこう書かれていた。
《黒宴-kokuen-矢神1st Album『反骨砕身』
黒宴ギタリスト・矢神が遂にソロデビュー!!
博多が誇る彼の荒々しくもどこか耽美な世界観をご堪能あれ!》
俺は暫くそのPOPを眺めた。
矢神は黒宴というバンドで活動しながら、今年に入ってからギターボーカルとしてソロデビューを始めた。
もともとバンドでも作詞作曲を手掛ける事はよくあり、ソロでは全ての作詞作曲を一人で手掛けている。
ギターが上手い人間なら幾らでもいる。速弾きが出来る奴も、難解なフレーズを簡単にこなせる奴も、探せばいくらでも見つかるだろう。
だが、矢神はギターも出来て、歌も歌えて、曲も作れる。バンドもやりがら、ソロも出来る。
数あるギタリストの中でも、ここまで出来る奴はそう多くない。
しかも、矢神は俺と同じ博多出身だ。彼はバンド内で唯一この街で生まれて、この街でギターを弾き始めて、そこからのし上がり、全国を回れるようになった。
矢神も同郷だと知った時、胸の奥が熱くなったのを今でも覚えている。たったそれだけの共通点なのに、勝手に距離が縮まった気がした。
だからこそ、俺は地元の誇りとして矢神を尊敬している。
俺はアルバムを持って、レジへ向かった。
「——ありがとうございました」
会計を済ませて、いつもの黄色い袋が渡された。受け取った瞬間、ホクホクとした気分になる。
……ううっ、早く帰って聴きてえ!
今から聴くのが楽しみで我慢できねえ。でも、家に帰らないと聴けないから仕方が無い。
俺はそんな衝動を何とかグッと堪えて、そのままエスカレーターを上った。
*
次に足を運んだのは本屋だ。
俺は本なんか大嫌いだし、読書も小説も全く興味が無い。だが、音楽雑誌と理論書の棚だけは別だ。そこだけは、うっかり立ち読みをすると時間を忘れてしまう。
俺は背表紙を一つ一つ指でなぞり、その中から一番分厚い本を手に取った。
——『バンドマンのための作詞・作曲教本』。
実は今、俺は曲作りを勉強している。まだまだ下手クソだが、休みの日に家族のパソコンを借りては作曲の練習をしている。
ページをパラパラと捲ると、見慣れない単語や本当にこんなこと出来んのかと疑いたくなるテクニックが目に飛び込んできて、ほんの少し不安になった。
——それでも、俺は矢神のようになりたい。
誰かが作った音をなぞるだけでは、矢神の背中は負えない。
弾くだけじゃない、一から音楽を構築できるようなギタリストになりたい。自分で組み立てた音で、自分が紡いだ言葉で勝負できるような人間になりたい。
だからこそ、俺はギターも曲作りも勉強している。
俺は本を閉じ、そのまま抱えてレジに並んだ。
腕に伝わる重みは、これから背負うモノの重さに似ている気がした。
2026年現在、タワーレコード福岡店は福岡パルコ店に移転したらしいです。
ソラリアステージに行ってもタワレコは無いのでご注意を!
天神でタワレコにお越しの際は、お隣の福岡パルコに行きましょう。




