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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
8/22

歪で異物な出会いは突然に-2

 今日最後の授業が始まった。


 7限目は世界史。

 世界史は、日本史ほど苦手じゃない。けど、俺は既に眠気で限界だった。

 最後の授業だからか、それとも昨日のライブの疲れがまだ残ってんのか分からないが、とにかく眠くて仕方が無い。


「今日は、古代インドの続きです」


 教師が低い声で淡々と言った。

 チョークが黒板にカツカツと当たる乾いた音が、教室に響く。大きめの手で板書を終えると、教師はこちらを振り返り、教科書を手に取った。


「では、教科書46ページを開いて下さい」


 俺は教科書を開いた瞬間、文字がやけに遠く感じた。

 見たことも無い片仮名だらけの文字の羅列を見て、思わず教科書を閉じたくなった。


 ……覚えられるか、こんなん。


「まずは、前回の復習ですが、紀元前6世期頃にはガンジス川中流域にコーサラ国が……」


 教師の声は終始淡々としていて、感情の起伏がほとんど無い。それが、かえって静かな睡眠用BGMみたいで余計に眠気を誘う。



 ……やべえ、クソ眠い。


 俺は何とか起きていようと、教科書の地図をノートに写した。もちろん、理解はしていないが寝ないためには手を動かすしか無い。


「当時、コーサラ国と抗争を繰り返していたのはマガダ国で……」


 教師の声がぼんやりと聞こえる。……でも、俺はそんなのは二の次だった。

 ペンを止めずに動かし、目が閉じそうになったらペン先を手の甲にぐりぐりと押し付ける。今の俺には、寝まいとするにはそれだけで精一杯だった。



 それでも——。


 ペンを握る手が、次第に重くなる。

 勝手に、頭がこくりと下がってくる。

 教師の声も、だんだんと遠のいていき、意識がぼやけていった。


 俺は必死に瞬きを繰り返したが、瞼の重さにはどうしても逆らえなかった。



 そして——。




 いつの間にか視界が暗くなり、俺はとうとう寝落ちてしまった。





 *




「…………さん、……立花さん?」


 どこからか、低い声が聞こえてきた。

 反射的に顔を上げると、教師がこちらを見ていた。


「起きてますか」

「……はい」


 ……自分でも分かるぐらい、説得力の無い返事だった。

 教師は少しだけ間を置いてから、鋭い声で言った。


「では立花さん。マウリヤ朝の首都は?」


 ……は?


 寝起きだったのもあって、頭が真っ白になった。

 俺は慌てて教科書に目を落とし、ページを捲る。


……マウリヤ朝、マウリヤ朝……。


 焦れば焦る程、どのページを見れば良いのか分からなくなる。ページのどこを見ても、同じ単語ばかりが並んでる気がした。

 ……てか、マウリヤ朝って何だよ。



 ——やばい、分からん。


 俺が諦めかけた、その時だった。


「……パータリプトラ」


 隣からこそっと囁く声が聞こえた。

 思わず振り向くと、丸い眼鏡の男が教科書の“パータリプトラ”の文字を指差している。


「……パータリプトラ、です」


 俺がそう言うと教師は頷いた。


「そうです。では、続きに戻りましょう」


 それだけ言って、何事も無かったかのように授業が再開した。


 ……助かった。


 一気に、手のひらが汗ばんだ。

 隣の眼鏡の奴に目を移すと、そいつは真剣に板書を写している。


 ……まるで、俺を助けた事自体、無かったかのように。


 ……誰だ、コイツ。


 顔も、名前も俺は知らない。

 なのに——この時だけは、丸い眼鏡だけが、妙に記憶に引っ掛かった。

今更ですが、この時代は2008年なので懐かしの平成ですね。

つまり、高校2年生で早生まれの奏介は1992年(平成4年)生まれということになります。


奏介「誰だ今平成一桁ガチジジイって言った奴」


※今週は投稿頻度下がります。申し訳ありません!

(活動報告でもお伝えした通り、旅行に行くため)

再来週からはまた新しいお話をどんどん書いていくので、少しの間気長にお待ちいただけると嬉しいです。

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